。そして、
「坊《ぼっ》ちゃん、何かご用でございますか。私は、その指輪の家来《けらい》でございます。ですから、その指輪をはめていらっしゃる方のおっしゃる通りに、しなければならないのでございます。」と、言うのです。アラジンはとび上るほどよろこびました。そして、
「私の言うことなら、どんなことでも聞いてくれるんだね。よし、じゃ、こんなおそろしいところからすぐつれ出しておくれ。」と、こうたのみました。
 そうすると、すぐに地面へ上る道が開きました。そして、あっというまに、もう自分の家の戸口まで帰っていました。お母さんがアラジンが帰ったので、涙を流してよろこびました。アラジンもお母さんにだきついて、何度も何度もキッスしました。それから、お母さんにこの間からのいちぶしじゅうを話そうとしましたが、お腹《なか》がぺこぺこでした。
「お母さん、何かたべさせてくださいな。私はお腹がぺこぺこで死にそうなんです。」と、アラジンが言いました。
 お母さんは、
「ああ、そうだろうとも、ねえ。だがこまったよ、もう家の中には、少しぽっちの綿《わた》よりほかには何にもないんだよ。ちょっとお待ち、この綿を売りに行って、そのお金で何か買って来てあげよう。」と、言いました。
 するとアラジンは、
「お母さん、待ってください。いいことがあります。綿を売るよりも、この、私の持って帰ったランプをお売りなさいな。」と言って、あのランプを出しました。
 けれども、ランプは大へん古ぼけていて、ほこりまみれでした。少しでもきれいになったら、少しでも高く売れるだろうと思って、お母さんはそれをみがこうとしました。
 しかし、お母さんが、そのランプをこするかこすらないうちに、大きなまっ黒いおばけが、床《ゆか》からむくむくと出て来ました。ちょうど、けむりのように、ゆらゆらとからだをゆすりながら、頭が天じょうへとどくと、そこから二人を見おろしました。
「ご用は何でございますか。私はランプの家来でございます。そして私はランプを持っている方の言いつけ通りになるものでございます。」と、そのおばけが言いました。
 アラジンのお母さんは、このおばけを見た時、こわさのあまり気をうしなってしまいました。アラジンは、すぐお母さんの手からランプを引ったくりました。そしてふるえながら、自分の手に持っていました。
「ほんの少しでもいいから、たべるものを持っておいで。」
 アラジンは、やっぱりふるえながら、こう言いました。おそろしいおばけが、やっぱり天じょうからにらみつけていたものですから。が、その時、ランプの家来は、しゅっとけむりを立てて消えてゆきました。けれども、またすぐに、金のお皿《さら》の上に上等のごちそうをのせて、あらわれて来ました。
 この時、アラジンのお母さんは、やっと気がつきました。けれども、このごちそうをたべるのを、大へんこわがりました。そして、すぐにランプを売ってくれと、アラジンにたのみました。あのおばけが、きっと何か悪いことをするにちがいないと考えたものですから。けれどもアラジンは、お母さんのこわがっているのを笑いました。そして、このまほう[#「まほう」に傍点]のランプと、ふしぎな指輪《ゆびわ》の使い方がわかったから、これからは、この二つをうまく使って、くらしむきのたすけにしようと思う、と言いました。
 二人は金のお皿を売って、ほしいと思っていたお金を手に入れました。そして、それをみんな使ってしまった時、アラジンはランプのおばけに、もっと持って来いと言いつけました。こうして、親子は何年も何年も楽しくくらしていました。

 さて、アラジンの住んでいる町にあるお城《しろ》の王さまのお姫《ひめ》さまは、大へん美しい方だということでした。アラジンも、このうわさを聞いていましたので、どうにかしてお姫さまを一度おがみたいと思っていました。それで、いろいろお姫さまをおがむ方法を考えてみましたけれど、どれもこれもみんなだめらしく思われるのでした。なぜかというと、お姫さまは、いつも外へお出ましになる時は、きまったように、深々とベールをかぶっていらっしゃったからであります。けれども、とうとう、ある日、アラジンは王さまの御殿《ごてん》の中へ入ることができました。そして、お姫さまがゆどの[#「ゆどの」に傍点]へおいでになるところを、戸のすきまからのぞいてみました。
 それからアラジンは、お姫さまの美しいお顔が忘れられませんでした。そしてお姫さまがすきですきでたまらなくなりました。お姫さまは夏の夜のあけ方のように美しい方でした。アラジンは家へ帰って来て、お母さんに、
「お母さん、私はとうとうお姫さまを見て来ましたよ。お母さん、私はお姫さまをおよめさんにしたくなりました。お母さん、すぐに王さまのお城へ行って、お姫さまをくださるようにお願《ねが》いしてください。」と言って、せがみました。
 お母さんは、息子のとほうもない望みを聞いて笑いました。そしてまた、アラジンが気ちがいになったのではないかと思って、心配もしました。しかし、アラジンはお母さんが「うん」と言うまではせがみ通しました。
 それで、お母さんは、あくる日、王さまへのおみやげに、あのまほうの果物をナフキンにつつんで、ふしょうぶしょうにお城へ出かけて行きました。お城には、たくさんの人たちがつめかけて、うったえごとを申し出ておりました。お母さんは何だかいじけてしまって、進み出て自分のお願いを申し上げることができませんでした。だれもまた、お母さんに気がつきませんでした。そうして、毎日々々、お城へ出かけて行って、やっと一週間めに王さまのお目にとまりました。王さまは大臣《だいじん》に、
「あの女は何者だな。毎日々々、白いつつみを持って、来てるようだが。」と、おたずねになりました。
 それで大臣は、お母さんに王さまの前へ進むように申しました。お母さんは、少し進んで、地面の上へひれふしてしまいました。
 お母さんは、あんまりおそれ多いので、何も言うことができませんでした。けれども、王さまが大そうおやさしそうなので、やっと勇気《ゆうき》を出して、アラジンにお姫さまをいただきたいとお願いしました。それから、
「これはアラジンが王さまへのささげ物でございます。」と言って、まほうの果物をつつみから出して、さし上げました。
 あたりにいた人々は、こんなりっぱな果物を生れて一度も見たことがなかったものですから、びっくりして声を立てました。果物はいろいろさまざまに光りかがやいて、見ている人たちがまぶしがるほどでした。
 王さまもおおどろきになりました。そして大臣を別のへやへお呼びになって、
「あんなすばらしいささげ物をすることができる男なら、姫をやってもいいと思うが、どうだろうな。」と、ご相談《そうだん》なさいました。
 ところが大臣は、ずっと前から、お姫さまを自分の息子のおよめさんにしたいと思っていたものですから、
「そんなにいそいで約束をあそばないで、もう三月《みつき》ほど、待たせなさいまし。」
と、申し上げました。王さまも、なるほどそうだとお思いになりました。それで、アラジンのお母さんに、もう三月待ったら、姫をやろう、とおっしゃいました。
 アラジンは、お姫さまがいただけると聞いて、自分くらい仕合せ者はないと思いました。それからは、一日々々が矢のように早くすぎてゆきました。ところが、それから二月もすぎたある夕方、町じゅうが大そうにぎやかなことがありました。アラジンは何事かと思って人にたずねました。するとその人は、今晩、お姫さまが、大臣の息子のところへおよめにいらっしゃるからだ、と教えてくれました。
 アラジンはまっ赤《か》になっておこりました。そしてすぐ家へ帰って、まほうのランプをとり出してこすりました。すると、じきにあのおばけが出て来て、何をいたしましょうかと聞きました。
「王さまのお城へ行って、お姫さまと、大臣の息子をすぐつれて来い。」と、言いつけました。
 たちまちおばけは御殿へ行って、二人をつれて帰って来ました。そしてこんどは、
「大臣の息子をこの家からつれ出して、朝まで外で待たしておけ。」と、命令《めいれい》しました。
 お姫さまはこわがって、ふるえていました。けれども、アラジンは、けっしてこわがらないでください、私こそはあなたのほんとうのおむこさんなのでございます、と申し上げました。
 あくる朝早く、アラジンの言いつけた通りに、おばけは、大臣の息子をつれて家の中へ入って来ました。そして、お姫さまと一しょにお城へつれて帰りました。
 それからまもなく王さまが、
「お早う。」と言って、お姫さまのおへやへ入っていらっしゃいますと、お姫さまは涙をぽろぽろこぼして泣いていらっしゃいました。そして大臣の息子は、ぶるぶるふるえていました。
「どうしたのかね。」と、王さまがおたずねになりました。けれども、お姫さまは泣いていて、何にもおっしゃいませんでした。
 その晩もまた、同じようにアラジンはおばけに言いつけて、二人をつれて来させました。そしてもう一度、大臣の息子を家の外に立たせておきました。
 次の日もやはり、お姫さまが泣いていらっしゃるのを見て、王さまは大そうおおこりになりました。そして、お姫さまが何を聞いても、やっぱりだまっていらっしゃるので、なおなおおこっておしまいになりました。
「泣くのをおやめ、そして早くわけをお話し。話さないと殺してしまうよ。」と、おしかりになりました。
 それで、やっとお姫さまは、おとといの晩からの出来事を、すっかりお話しになりました。大臣の息子はふるえながら、どうぞおむこさんになるのをやめさせてくださいまし、とお願いしました。もうもう一晩だって、あんな目にあうのは、いやだと思ったものですから。
 そういうわけで、ご婚礼《こんれい》はおとりやめになりました。そしていろんなお祝いもないことになりました。
 さて、いよいよ約束の三月の月日がたってから、アラジンのお母さんは、王さまの前へ出ました。それで、やっと王さまは、お姫さまをこの女の息子にやると、お約束なすったことを、お思い出しになりました。
「それでは、わしが言った通りにすることにしよう。だが、わしの娘《むすめ》をおよめさんにする者は、四十枚の皿《さら》に宝石を山もりにして、それを四十人の黒んぼのどれい[#「どれい」に傍点]に持たせてよこさなければいけない。そして王さまの召使らしい、りっぱな着物を着た西洋人のどれいが、その黒んぼのどれいの手を引いて来るのだぞ。」
と、おっしゃいました。
 アラジンのお母さんは、こまったことになったと思いながら家へ帰って来て、アラジンに王さまのお言葉をつたえました。
「アラジンや、そんなことは、とてもできないことじゃないかね。」
 そう言ってため息《いき》をつきました。するとアラジンは、
「いいえ、お母さん、だめじゃありませんよ。王さまにはすぐおおせの通りにしてごらんに入れますよ。」と、いさぎよく言いました。
 それから、まほうのランプをこすりました。そしておばけが出て来た時、宝石を山もりにした四十枚のお皿と、王さまが言われただけのどれいをつれて来いと言いつけました。
 さて、それから、このりっぱな行列《ぎょうれつ》が町を通ってお城へ向いました。町じゅうの人々はぞろぞろと見物に出て来ました。そしてみんな、黒んぼのどれいが頭の上にのせている、宝石を山もりにした金のお皿を見て、びっくりしました。お城へついて、どれいたちは王さまに宝石をさし上げました。王さまはずいぶんおおどろきになりましたけれど、また大そうおよろこびになって、アラジンとお姫さまとがすぐに婚礼するようにとおっしゃいました。
 お母さんが帰って、このことをアラジンにつげますと、アラジンは、すぐにはお城へ行かれないと言いました。そして、まずランプのおばけを呼んで、香水《こうすい》ぶろと、王さまがお召しになるような金のぬいとり[#「ぬいとり」に傍点]のある着物と、自分のお供をする四十人のどれいと、お母
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