のやつ、何かブツブツいっていたよ」
「それでも、とうとう取次いだんだね。それで侯爵は何といったんだ」
「侯爵は、つい家令にいっておかないで悪かった、といって、すぐ食堂へ案内してくれたよ。僕と侯爵と差し向いさ。フランス料理は、材料の関係でできないから、すっぽんを食わせようというんだ。何でも、土浦から送って来たすっぽんを二匹料理したそうで、一匹が十三円もするそうだよ」
「素敵だね」
と、僕もつい感嘆しましたが、大名華族の筆頭といってもよいM侯爵、そのうえ国家の重職にあるM侯爵が、杉浦のような小僧っ子の写真師、爪の先をいつも薬品で樺色にしている薄汚い写真師と、快く食卓を共にすることにもかなり感嘆しました。平民的だとか、如才ないなどという噂が、決して嘘ではないことを知りました。それにもう一つ、感心したのは杉浦の度胸でした。汚い背広を着て、侯爵家の表玄関から堂々と、家令をおどかしながら、御馳走になりに行く杉浦の度胸です。すっぽん料理と、侯爵の態度と杉浦の度胸とに、少しずつ感心して、僕は杉浦の話を愉快に聞いたのです。やはり杉浦の無邪気な一本調子の無作法なところが、かえって侯爵などという社会上の慣
前へ
次へ
全20ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング