習に包まれている人には、気に入るに違いない。家令とか家職とか、その周囲の人たちが、社会上の虚礼に囚われて、遠い所からのみ、ものをいっている時に、杉浦のような一本調子の向う見ずの剽軽者《ひょうきんもの》が、ぐんぐん突っ込んで行くところが、かえってああした人たちの気に入るのに違いない。以前のT伯の場合だってそうだ。今度のM侯爵の場合だって、そうだ。杉浦の江戸っ子的な無作法な無邪気な態度が、気に入るに違いない、僕はこんなに思っていたのです。
 そのうちに、僕も何かの機会で、M侯爵に会ってみたいと思っていました。いったい僕などは、もう三年も社にいるのですから、侯爵くらい有名な人には、一度くらいは是非会っていなければならないはずですが、ついかけちがって、一度も会ったことがなかったのです。
 ところが、去年の末でした。M侯爵などの首唱で、ご存じの労資協調会というのが、創立されることになりました。その時です。部長は、
「どうです。M侯爵に会ってくれませんか。あの人が労資問題をどう考えているかもちょっと面白いことですから」
 と、僕にいいました。僕は、杉浦のいわゆるM侯爵に会えるのが、ちょっと興味があ
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