「そうそう君の社だったね。あの若い写真師がいるのは」
と、いいました。ああ杉浦のことをいうのだな、きっと杉浦を褒めるのだなと思いながら、
「そうです、あのまだ二十ぐらいの。杉浦です」
といったのです。すると、
「ああ杉浦というのかね。ありゃ君、うるさくていかんよ」
と、侯爵はちょっと眉をひそめるようにしたのです。僕はよそごとながら胸がどきっとしたように思ったのです。僕には、侯爵の言葉が、全く意外な思いもかけぬ意味を持っていたからです。
「へえ! あれが、杉浦が」
と、僕はおどろいて侯爵の顔を見直しました。侯爵の温和な表情が、ちょっと濁っているように思いました。
「ありゃいかんよ。この間も僕のところへ来てね。御馳走をしてくれとか何とかいってね。家令が取次がないというと、免職させるとか何とかいって家令を脅迫したそうだがね。ありゃいかんね。社へ帰ったら、そういっておいてくれないかね」
と、侯爵は真面目にいいつづけるのです。僕はそれを聞くと何だかいたたまれないような気がして、早々と暇《いとま》を告げて帰って来ましたが、侯爵の言葉は、僕には軽いけれども、ちょっと不愉快な激動を与えたの
前へ
次へ
全20ページ中14ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング