うな、深い失望と嗟嘆《さたん》とに暮れてしまいました。その当座と云うものは、私はよく動作を間違えたり、台詞《せりふ》が誤ったり気の短い座頭《ざがしら》から、よく『間抜め! 気を付けろ!』と云ったような烈《はげ》しい言葉を浴びせかけられたりしました。が、私は急に魂を奪われた人間のように、藻抜《もぬ》けの殻の肉体だけが、舞台の上で操《あやつり》人形のように、周囲の人達の動くのに連れられて、ボンヤリ動いていたのに過ぎませんでした。世間からは、男地獄のように思われている俳優の一人である私は、今までも随分恋もし、女も知っているのではありますが、私の心の底までも動かして、強い一生懸命の恋をしたのは、これが初めてでございます。しかも、私はその懸命必死な恋に、破れた訳でありますから、その当座はかように落胆失望致したのも、無理はございません。ところが、いかがでございましょう。貴女の事を段々思いきり、貴女が私を思って下さると思ったのは、私の飛んでもない心得違いだったと、漸《ようや》く諦《あきら》めかけていた時でした。私はふと――左様でございます。あれは確か、私が八犬伝の信乃で舞台へ出た時であります――見物
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