》わしい恥多き苦しみ多き刑死を遂ぐる代りに、欣《よろこ》びに溢れ光栄に輝き凱旋的にこの世を去ったことを知って、私は憤忿の念に堪えないのであります。
 彼の手にかかった被害者のすべてが、無念の中に悲憤の中に、もだえ死、もがき死んだにも拘わらず彼坂下鶴吉は、欣々然として絞首台上に立ち、国家の刑罰そのものに対してなんらの恐怖を示さず、何等の羞恥をも示さず、自若《じじゃく》として死んだことを知って私は実に憤忿の念に堪えないのであります。しかも典獄なる人までが、その最後の情景を叙べて、『罪の重荷を投げ下して、恋しき故郷に旅立ち帰る心持にて、喜色満面勇み立ったその姿は、坐《そぞ》ろに立会の官吏達を感歎せしめざるはなかったと申します』云々と、まるで決死隊の勇士を送るような讃嘆の言葉を洩して居ます。もしも私の義兄の角野一郎、此の坂下鶴吉に後手で縛り上げられ、絞殺されてもがき死んだ私の義兄の角野一郎が、此の処刑の情景を見たらばなんと申しましょう。自分の目前で夫を絞め殺され、相次いで自分自身を絞め殺された私の姉が、此の情景を見たらなんと申しましょう。彼等を殺した悪人が、彼等よりも十倍も百倍も幸福な死を国家
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