聴くと、胸が閉《ふさ》がって言葉が出ないのです。
「どうだい。一郎もおとしも怪我はないのかい」と、訊き直しました。私はすすり泣きながら、
「姉さんも、兄さんも、やられた」と、云いました。父は遉に声を立てませんでした。老眼をしばたたきながら、黙って家の中へはいって行きました。私が父の後から引返して見ますと、父は姉の屍体を半ば抱き起しながら、
「おとしおとし」と、背中を力強く叩いて居りました。が、そんな事で姉が蘇《よみがえ》る筈もありませんでした。父は、姉の屍体を放すと義兄の屍体を抱き上げながら、
「一郎一郎」と、同じように背中を叩いて見ました。が、兄の唇はもう紫色に変って居ました。父は、スゴスゴと立ち上ると老眼をしばたたきながら、
「おのれ! 酷いことをしやがる。酷いことをしやがる」と、云うかと思うと、瘠《や》せた右の手の甲で老顔を幾度もこすりました。私は父の悲憤を眼にしますと、再び胸のうちが湧き返るような激怒を感じました。
「俺は、諦めるが、お信はどう思うだろう」と云いました。そう云うのを聴くと、私は家に残って最愛の娘の安否を気遣って居る老年の母を思わずには居られませんでした。母がどんなに姉を愛して居るかを、知って居る私は此の惨事の報道が母に対してどれほど、致命的であるかを考えずには居られませんでした。父は、姉と義兄との屍体を等分に見て居ましたが、
「夫婦二人揃って、殺されるなんて、何と云う因果な事か……」と、云うかと思うと無念に堪えられないように歯噛みをいたしたようでありました。丁度、その時に戸外に、数台の車の音がしたかと思うと、さっきの刑事が入って来て、「今予審判事が出張になりました」と、云いました。私は、それでも予審判事が来たことを頼もしい事のように思いました。その人達の手に依って此の兇悪な犯人が一日も早く捕われることを祈らずに居られませんでした。
 それから後のことは、簡単に申し上げましょう。私達は、尚、姉のあさましい死を、姉を何物にもまして愛して居た母に告げると云う、心苦しい仕事をしなけれはなりませんでした。それを聴いた時、母の狂乱に近い悲痛の有様は、今でもどんなに精しくでも申上げることが出来ます。父は母が必死に頼むにも拘わらず、姉夫婦の惨死の現場へは、母を行かせませんでした。棺に収めた姉の屍体に対し、僅かな名残りを惜しませただけでありました。
 母は、姉
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