栄二 折角ですがその御好意はお断わりしましょう。たとえ私がお受けしたとしても、私の家族は、あなたの親切を受けるくらいなら、むしろ餓死を歓迎するでしょう。尤も、くやしまぎれにあなたをつけねらうくらいのことはするかもしれませんがね。しかし、おかしな話ですね。あなたと僕とは、ずうっと昔、やっぱりこの座敷で中国について話し合ったことがあるような気がします。取とめもない、夢のような話でしたが、私達は中国のことを話すことで、随分親しみを感じました。あなたにはお父さんの骨を埋められた土地、私にとっては、父が再び世の中へ出て来た土地、ところが今は、その中国のことをもう一度語ることによって二人は敵味方に別れてしまったのです。時も経《た》ったが人間も変りました。まったくおかしな話ですね。(その時再びさっきの人影が黙々と庭を横切る)さあ、あの人が急いでいるようです。では私は行きます。御機嫌よう。
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栄二出て行く。けい、石のように黙然としている。間。つと立って栄二の後を追おうとする時、うしろの廊下から。
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