国なんて所、考えてみただけでは想像もつきませんわ。お父さんがあんな所へ出かけて行って死んだなんて、時々やっぱり本当にあったことじゃないような気がするんです。そんな時は来ないに決ってるんだけど、いつか一度は行ってみたいと、今でも、思っていますわ。
栄二 僕のお父さんってのはとても変った人だったらしいんだぜ。明治三年に渋沢栄一さんが富岡に製糸工場を作られたときいたら、もうこれからはそれでなくちゃいかんといって、自分の家の前へ、いきなり煉瓦造りの工場を建てちまったんだ。機械迄外国から買ったのはいいんだが、これを動かす方法を誰も知らんというのだからね、無茶苦茶だよ。
けい まあ、それで、どうなすったのですか。
栄二 それっきり家は潰《つぶ》れてしまったのさ。それから清国へ渡って塩田で働いたり綿畑で働いたりしたらしいんだがね。日清戦争が始まって通訳にやとわれたのが世の中へ出て来る緒《いとぐち》になったのさ。僕にもそういう血が流れているのかもしれんなあ。
けい それじゃお母様も随分御苦労なすってらっしゃるんですね。
栄二 そりゃそうだろう。だからお父さんだって大事にしてたし、僕達だって皆お母さんは
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