来て上げたものだ。なんだって黙って髪にさしたりしたんだこん畜生!
けい だから返すわ。ほら、此処へおくわ。ね、だから御免して。
栄二 今更返したってどうなるもんか。お母さんが使わないうちにお前なんかが使っちまっちゃ、もうお母さんに上げること出来やしないじゃないか。
けい だったら、どうすればいいの。あなたのしろっていうようにするわ。どうすればいいか、教えて。
栄二 どうすればいいか、そんなこと僕にだってわかるもんか。
けい ねええ、私……そんなに器量の悪い方じゃないでしょう。うちのおばさん、私くらいの器量なら新橋や柳橋から芸者に出してもひけをとりゃしないけれど、あんな所は保証人がどうとか、つき合いがどうとかって面倒くさいからそうしないんですって。私、新橋や柳橋の人がどんなに綺れいだか、みたことないから知らないわ。でも時々鏡みて自分でもそんなに悪くないなあ、って思うことあるわ。あなた、そう思わない。
栄二 そんなこと……知るもんか。
けい この間ね、魚屋の新ちゃんが行きちがいに私の手を握ったのよ。新ちゃんて人、八百蔵《やおぞう》に似てるって、うちの近所じゃお内儀《かみ》さんたちが大騒ぎし
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