をいってみて、一体何かになるんでしょうか。誰が選んでくれたのでもない、御自分でお選びになった道じゃありませんか。それにあなたは何と思ってらっしゃるか知りませんがね。精三さんはあなたには過ぎた旦那様ですよ。(出て行く)
伸太郎 (立上って寝椅子の方へ行きながら)誰が選んだのでもない、みんな自分で選んだ道か。精三君はお前には過ぎた亭主だ。そりゃほんとのことだぜ。(ごろりと横になる)
ふみ いやだわ。これじゃあまるで、私が叱られに来たみたいだわ、そうかしら、精三が私には過ぎた旦那さまだなんて……私、そんなこと考えてみたこともないわ。でもそういわれてみるとあんなにそわそわして、落ちつきのなかったお人好しが、今じゃすっかり自信たっぷりなんですもの。わけがわからないわ。いつからあんなになったんだろう。(急に)帰りましょう、旦那様のところへ。(そそくさと出てゆく)
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間、けい入って来て寝椅子の傍へ行く。
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けい あなた。
伸太郎 ……。
けい あなた、おやすみになったんですか。
伸太郎 いいや。
けい じゃ、ちょっとお起きになって……。
伸太郎 なんだい。(ねたまま)
けい あなた、仰言しゃって。私の何処《どこ》が一体いけないんですの。
伸太郎 ……。
けい そんな風に黙っていられるの、私、たまりませんの、私は何でもあなたのようにお腹《なか》に持ってること出来ないんですもの、何を考えてらっしゃるのかわからないで毎日一緒に暮らしているなんて、私には辛抱出来ませんわ。
伸太郎 別に……どうといって、直すこともないだろう……。
けい 総子さんの御縁を断わればいいんですか。私は決して猪瀬さんを押しつけるつもりはないのです。先様が逢ってみたいと仰言しゃるから事を運んだまでで、私はお断りしたってちっともまずいことはないんですよ。
伸太郎 そりゃ総子が厭といえば仕方がないけれど、俺は積極的に断りたいと思うほど悪い感情を持ってはいないよ。総子も三十を越しているんだし、あれくらいなら、いい相手としなくちゃいけないだろうからな……。
けい それじゃやっぱり、今夜私が家にいなかったのがお気に入らなかったのですか。
伸太郎 そんなことはないといってるじゃないか。
けい そんなら、そんな憂欝な顔をなさらなくったっていいじゃありませんか。私だって一生懸命家のことで駈けずり廻っているんです。
伸太郎 お前が家の為にどれだけ尽《つく》してくれているか俺には充分わかっているよ。だからそれでいいだろう。
けい 何にもないと仰言しゃっても私には感じるんです。言葉に出して仰言しゃらなくてもそれくらいのこと私にはわかりますよ。そんなら何も彼も言っておしまいになった方がさっぱりしてお互いにいいじゃありませんか。
伸太郎 そうさっぱりと口に出して、いえない場合だってあるだろう。
けい それ程私に、いい難いことなのですか。
伸太郎 いや、いい難いことなんぞありゃしないさ。どういう風にいっていいかわからないといった方が適当かも知れない。強《し》いていうならお前と俺と……性格が合わないとでもいうか……。
けい 性格……。
伸太郎 成程お前は一家の女主人としては実によく行届《ゆきとど》く。店の仕事から奉公人の指図、台所から掃除洗濯、近所|交際《づきあい》、何一つとして手抜《てぬか》りはない。よく一人であれだけ廻るものだと俺は、感心してるくらいなんだ。しかしね。女ってものは、ただよく気がつく、よく働く、それだけのものじゃないよ。女には、どうしても女しかもっていないっていうものがある。お前にはそれがないのだ。
けい まあ、それは一体どういうことなんですの。女しか持っていないものって何なんですか。
伸太郎 残念ながら俺にもそれがどんなものだか口でいえるほどにはわかっていない。ただお前にはそれが欠けているということだけはわかるのだ。お前は店のことを殆んどひとりで切り廻してくれている。しかしお前がそれほどに出来なかったとしても、俺は決してお前が出来損《できそこな》いだったとも女として行届かないとも思わないだろう。総子のことにしてもそうだ。お前は次から次へいろいろの話を、掻き集めるようにして持って来る。誰にでも出来ることじゃない。ないと思っていても、お前がそうすればするほど俺はお前のすることについて行けない気がするのだ。
けい あなた、それはひどいじゃありませんか。私が、お家の為を、あなたの為を、あなたの妹さんの為を思ってすることを、そう一々裏からみてらっしゃるなんてひどすぎます。
伸太郎 だからお前が悪いといってるわけじゃない。お前と俺との性質の違いだから仕方がないといっているのだ。
け
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