衛や太郎兵衛……いいえむこうのですよ。むこうの権兵衛や太郎兵衛ともっとぴったり結びついてなくちゃだめだと思うんです。そうすりゃ対支政策が変ったからどうの、支那の政府が変ったからって、一々騒ぎたてなくてもいいじゃありませんか。
章介 どうも、何時の間にかお前はすっかり支那問題の大家になっちまった。
けい いやですよ、そんなに人をからかっちゃ。
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精三、ふみ、後から総子。
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精三 (すっかり自信たっぷりの社会人になっている)いや、あれは仲々大した人物だ。流石におけいさんは目が高いよ、やあ、お帰んなさい。
けい あ、只今。
精三 今も、此奴にいっとるんですがね、猪瀬氏ですよ。立派なもんです。よくあれだけの人物を選んで来られたと。あんたの慧眼《けいがん》に感服してるんです。あの人物についてなら私が太鼓判を押しますよ。
けい そうですか。そりゃよろしゅうございました。あなたにも、いろいろ御苦労さまでしたね。
ふみ 太鼓判だかどうだかしらないけど、お見合いに来て介添人《かいぞえにん》と将棋を始めるなんて随分|呑気《のんき》な人もあるものね。
精三 いや、それだから出来てるというんだ。仲々気取った青二才になんか出来る芸当じゃないよ。
章介 ひどく又|肝胆《かんたん》相照《あいてら》したものだな。
精三 いや、相照したというより教えられたのですよ。叔父さん、あなたがお逢いになってもきっとお気に入るに違いないと思いますね。男はやっぱり、男の惚《ほ》れるような男でなくてはいけません。
ふみ でも、何だか少し殺風景ね。姉さんを前にしていきなり自分の子供の手くせの悪い話なんか出すなんて、思いやりがなさすぎるわ。
精三 そういう解釈をするのが、そもそもの間違いのもとだ。飾らず偽らず、ありのままを話して相手にあらかじめの覚悟と理解を促す。こりゃそうそう誰にだって出来ることじゃない。総子さんだっていい話ばっかりきかされて、いきなり悪い事実をつきつけられるよりどれだけ気持がいいかわかりゃしない。
ふみ それは、本当にそうかもしれませんわ。でも女の気持って、そういうものじゃないと思うわ。多少はかざりやいろどりはあってもそこが人間同志のあれなんだもの。
精三 何をいってるんだ。ほんとに男のいい所がお前なんぞにわかってたまるものか。
ふみ えええ。どうせそうでしょうよ。男のいい所がわかるくらいならあんたなんかと一緒にならなかったでしょうからね。
精三 なに!
章介 おいおい。そういう話は二人だけの時に願おうじゃないか。
精三 いや。あっははは、こりゃ、一本参りました。はっははは。
伸太郎 (むっつり)いやに遅いじゃないか。今迄クラブにいたのかね。
けい すみません。……みんな血眼《ちまなこ》になってるもんだから話がすっかりのびちまって。
伸太郎 遅くなるならなるでそういって貰わなくちゃ。家でも帰るか帰るかと思って待ってるんだ。
けい だって……家の方の段取りはちゃんとついてるんだし、精三さんだって頼んであるんですもの。
伸太郎 精三君だって勤めのある人だ。そうそう此方《こっち》の勝手な時に呼び出されては、困るだろう。知栄だってお前がいないもんだから何時迄《いつまで》もねやしないし。
けい あら、子供は何時だって咲やと一緒にねるんだから、そいって下さればいいのに。知栄ちゃん咲やにそういってお床とって貰いなさい。
知栄 私、お母さまと一緒にねるの。
けい (つい焦々《いらいら》して)子供が何時までも起きてるものじゃありません……お母さまはまだ御用があるんだから先におやすみなさい。
知栄 ……。
章介 さあ、今日は叔父さんとねよう。な、お母さん達は今日はお話が残ってるんだからな。さ、行こう。(と、行きかけて)あ、伸さん。例の斎藤長兵衛な。今日とんでもない所で表札をみたんだ。鎌倉の小町なんだがね。あんな所にいたんだね。探してもわからない道理さ。(入ってゆく)
精三 斎藤長兵衛というと、例の夜逃げの口なんですか。
けい ええ、そんな所にいるんじゃ、東京中探したってわからない道理ですよ。
精三 しかしよくまた、見つかったものですね、偶然なのかな。
けい そうなんですって。御自分の用事で鎌倉までいらしって、夕立にあったものだから雨やどりをしようと思って何の気なしに表札をみたらそうだったというんでしょ。悪いことは出来ないもんですね。
精三 天網恢々《てんもうかいかい》ですかな。そういうのは一つ見せしめのために大いに絞《しぼ》ってやるんですよ。
けい ええ。だから、明日にでも私、行って来ようと思っているんですがね。
精三 そりゃそうなさい。ぐずぐずしていると又逃げら
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