大事にしなくちゃいかんと思ってはいるんだ。
けい あなたの奥さまになられる方もそんなに苦労をなさるのかしら。
栄二 お前は、どんな人の奥さんになりたいと思ってるんだい。
けい さあ。そんなことを考えてみたことございませんわ。でも馬賊になりたいなんて人の奥さまだけはいやですわ。
栄二 だって、初めてお前がこの家へ来た晩、お前は僕なら、手を握ったってじっとしているっていったじゃないか。
けい あら、いやだわ今頃、そんなこと思い出したりなすって。あの時は私、何とかしてお巡りさんに渡されたくないと思って一生懸命だったんですもの。口からでまかせで、何言ったんだか自分でも憶えてなんかいませんわ。
栄二 へえ、口から出まかせだったのか。僕は又少しは僕が好きなのかと思ってた。今迄親切にしてやって損しちゃったな。
けい さあ、そんなつまらないことを仰言《おっ》しゃってないで、ちょっとおはなしになって。あの桶洗って来なくちゃならないんですから。
栄二 なんだい、人をがっかりさせといて、そう急いで逃げる奴があるかい。(と、いいながらたすきを握っていた手を放す)
けい いえ、逃げるわけじゃありませんけど、後に叔父さまの御用だの、ふみ子お嬢さまの御用だのいろいろあるんですもの、御免なさい。
栄二 おいおい。ほら、ばたばたするから櫛が……(と拾って)お、これはあの時の……(といいかける時、けいは急にそれを奪いとり、走って入ろうとする。丁度出て来たしずと危くぶつかりそうになる)
けい あ、御免なさい。
しず どうしたんです。家の中でそんなに走ったりしちゃいけませんね。(といいながら栄二の方をみる。栄二ちょっと照れて外の方を向く)
けい すみません。今度から気をつけます。(と、ゆきかけるのを)
しず あ、ちょっと……。
けい はい。
しず (栄二に)私、けいちゃんと二人だけで話したいことがあるからちょっとの間、お前向こうへ行って頂戴な。
栄二 ええ。(出て行く)
しず さあ。もっとこっちへいらっしゃい。
けい (恐縮して)はい。
しず そんなに堅くならなくてもいいんですよ。まあそこへお坐りなさい。
けい はい。
しず なんですねえ。そんなに、兵隊さんのようにかしこまっちゃ、お話もなにも出来やしないじゃありませんか。
けい 奥さま。私、奥さまから受けました御恩決して忘れてはいませんのです。奥さまに助
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