しか》しすっかり年をとってしまいましたよ。貴女も随分お変りになった。月の光じゃ一寸見分けがつかない位ですよ。(又切石に坐る)
けい (栄二の方に近づきつつ)此の二三年私もすっかり老い込んでしまいました。
栄二 全くこの四年間の世の中の動き方ときたらすさまじかったですからなあ。そいつを乗り切る為には誰れもが十年を一年にしてやって来たんです。尤も其のお蔭で私の様に二度と見られないと思った世の中へひょっくり戻って来られた人間もいるにはいますがね。
けい ほんとうに……御無事で何よりでした。何時……。
栄二 出たのは一週間も前でしたがね、友達の家で昨日まで休ませて貰って、こっちに用もあり貴女方の消息も知りたいので、友達は引き止めてくれたんですが。ほんとはもう少しおそく上京する事になっているんです。
けい この頃はラジオも聞かず新聞も読まずなもんで……お迎えもしないで。
栄二 何そんなものはいりやしません。それより娘達を引き取って下すったそうで有難うございました。
けい ……そんな事くらいであなたへのお詫びが出来るわけではありません。
栄二 そんな恨《うらみ》が言いたい位なら、わざわざ訪ねて来やしません。わたしが何かを言う以上に、今度の戦争じゃ貴女はひどい打撃を受けられた筈でしょう。
けい 私はわたしの体と心をささえていたものを、一ぺんにへし折られてしまった様な気がします。何をしても無駄な様な気もするし、じっとしてはいられない様な気もするし、ほんとは何が何だか分らなくなってしまっているのです。
栄二 そいつは貴女一人だけの事じゃありません。この国全部が生れて初めての大きな打撃によろめいているのですからね。而しそれも何時かは収まるでしょう。わたし達みんなの努力でそうする外ないのです。この見渡す限りの焼跡にも間もなく今までの日本とはまるで違った新しい何かが芽をふいて来るでしょう。人間の恨よりもその新しい芽の方にわたしは興味を感じています。ああ、おしゃべりをしていて気が付かなかったが夜が更けたせいか急に寒くなった様ですね。
けい 中へ入ってお寝《やす》みになりましたら……。
栄二 いやそれより焚火でもしましょうか。今夜はこのまま眠れそうにもない。どうせこうなれば貴女の厄介者です。よろしくお願いします。
けい (立ちながら)わたしもどんなに心丈夫か知れません。どうぞ何時までも厄介にな
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