って下さいまし。(と言いながら壕舎の中へ焚物を取りに行く)
栄二 (後からついて行って柴を受取りながら)やあ、これは上等すぎる。どこか其の辺で拾って来てもよかったんだ。
けい (壕から出て来ながら)焼夷弾の焼跡には棒切れなんか残ってやしません。探したって無駄な事ですよ。
栄二 (石の所へもどって)はあ。すっかり専門家になりましたね。(二人一寸笑う。柴を組み合せながらふと手をやめて)わたしの娘達は。
けい 知栄達と一緒に大分前から疎開をさせてあります。木曾川のずっと上流で不便な処ですが温泉が出たりして落ち付けば住みいい処です。
栄二 ……有難ういろいろ、土浦にいると言うのは総子ですか。
けい そうです。猪瀬さんは早い目に思い切って工場をお売りになったのでとてもいい事なさいました。
栄二 ふみの方も無事にやっているらしいですね。
けい あちらも戦争中はいろいろむずかしい事もあった様ですがこれからはいろんな事がずっとしよくなるだろうと言う事です。
栄二 (燐寸《マッチ》を受取って火をつける様にしゃがみ込んでけいの顔をさけながら)兄貴が亡くなったと言う事は聞いたけれど、別居のままですか。
けい ……はあ。でもどう言うものですか最後の時になって突然此の家へ訪ねて来てくれまして息を引き取る時は私の手を持ってそのままでした。
栄二 (顔を上げて)そうですか、それはよかったですね。兄貴もやっぱり貴女と仲なおりがしたかったのですよ。それが夫婦です。其の話を聞いただけで、わたしはあの死物狂いの汽車に揺られてやって来た甲斐《かい》があると思います。
けい ええ。でも私此の頃になって時々考えるんです。私の一生ってものは一体何だったんだろう。子供の時分から唯もう他人様の為に働いて他人様がああしろと言われればその様にし、今度はそれがいけないと言って、身近の人からそむいて行かれ、やっとみんなが帰って来たと思ったら、何も彼もめちゃめちゃにされてしまい、自分て言う者が一体どこにあるんだか……。
栄二 今までの日本の女の人にはそう言う生活が多すぎたのです。しかしこれからの女は又違った一生を送る様になるでしょう。
けい そうでしょうか。そうでしょうね。そうあってほしいと思います。
栄二 さあ燃えた。手を出しなさい……。わたしは今ずっと昔読んだ外国の短篇を思い出しているんですがね、それは今夜の様に月の明る
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