っぱり嬉しいのよ。ほんとに、一番嬉しいのは妾かもしれないのよ。
昌允 (くしゃみをする)畜生。(もう一つ)
諏訪 今頃泳いだりなんかするからよ。
昌允 少し、冷たかったかな。中学生が二、三人、やってるもんだから。大丈夫だと思って入ってやったんだが……。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] 夏の風邪は癒《なお》り難いのよ、ほんとに……。
未納 お兄さん、美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]姉さんね。
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須貝。
[#ここで字下げ終わり]
須貝 (一寸うろうろして)やあ、家族会議?
未納 重大問題よ。
須貝 へえ……。(行こうとする)
鉄風 須貝君!
須貝 は!
鉄風 う。いや、別に何でもないんだが、後で一寸話したいことがあるんだが……。
須貝 承知しました。僕も一寸、先生にお話したいことがありますので……。(もじもじしている)
諏訪 あの……どうでした、道具の都合は?
須貝 ああ。撮影所へは行かなかったんです。(去る)
諏訪 あなた、何を言うつもりだったの。
鉄風 そりゃ君、この際何か言う必要があると思ったのさ。
諏訪 だったら、どうしてお言いにならなかったの。
鉄風 だって、一体何う言ったらいいんだい?
未納 厭だわ、お父さん。
鉄風 俺だって厭だよ、だが、向うでも何か言うことがあると言ってる。
諏訪 あなたが思わせ振りをなさるからよ。
鉄風 それだけのものかな。
諏訪 そんなことわからないわ、須貝さんに訊いてみなきゃ。
昌允 僕は知っていますよ、その話は。
鉄風 ふむ。お前には前以《まえも》って話しているのか。
昌允 前以ってと言うわけじゃないでしょう。今の先、道の端で立話に聴いたばかりですよ。
諏訪 何のこと。
昌允 自分で言うと言ってるじゃないですか。
未納 何? 聞きたいじゃないの、だって……。
昌允 言ってもいいさ。だが、お前は聞かない方がいいぞ。
未納 あら、どうして……。
昌允 お前のがっかりする話だ。お前にも俺にも、あんまり嬉しくない話だ。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] お兄さん、何言ってるの。おかしな話ね。
昌允 美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]さん、須貝さんは君と結婚したいと言ってるんだが……。
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一同に軽い動揺。
[#ここで字下げ終わり]
昌允 どうしたんです。
鉄風 どうもしやしないさ、別に……。
未納 ほんと、その話。
昌允 ほんとだろう、自分で、そ言ってる以上は。
未納 あーあ。やっぱり、妾、どうしても駄目なんだわ。やっと喜びかけると、又ペシャンコだ。
昌允 お前と俺とは、どうやら揃いの籤《くじ》を掴んでいるようだな。いくら兄妹だと言って、あんまり有難くない一対だよ。
未納 ほんとだわ。妾が、お兄さんに似ているのかしら、お兄さんの方が妾に似ているのかしら……。
鉄風 どうも、話の筋道がわからんね。
諏訪 妾には、尚更、わからないわ。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] (自信なく)厭だわ……妾……そう言うこと……。
昌允 どうしてさ。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] どうしてでも……。
未納 お姉さんは、昌允さんが好きになっちゃったもんだから……。
鉄風 (苦しい咳払い)このことは……全然問題を含まないというわけじゃァないが……事実を有りの儘に言うとそのとおりなんだ。
昌允 どう言うことです、それは。少々手遅れみたような話だが……よくわからない。
未納 お兄さんの、気持やなんかが、判然してくると美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]姉さんも……あなたがいい人だって気がして来たんだって……。
昌允 しかし、美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]さんは須貝さんを好きな筈じゃないか。尠《すくな》くとも俺よりは……。
未納 それは、お兄さんのことを知らなかったからよ。事情が違うのよ、今とは。
昌允 お前の言ってることは、はっきりしないぞ、事情は、以前だって今だって同じ事情だ。俺は別に、判然してもいないし、隠しても……、ははあ、貴様……。
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未納、壁際の方へ動く。
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昌允 (未納を追って行って)怪《け》しからん奴だ。貴様と言う奴は……。先刻俺になんて言った。須貝さんをお前に牽制させといて俺がうまいことしようと思ってると言ったじゃないか、その尻から……実に怪しからん奴だ……。そう言う暗中飛躍を……。(未納を壁際へ押しつける)
未納 あらあらそうじゃないんだったら、痛いじゃないの、蓄音機が駄目じゃないか。お父さん!
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鉄風、やれやれと云う形。
昌允、手を離す。
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