終わり]
未納 乱暴だわ。息が詰るじゃないの。
昌允 その方が余計なこと喋らなくっていいだろう。
未納 妾は、そんなつもりじゃなかったのよ。妾はもう、とても駄目だと思って観念してたんだわ。
昌允 それだったらそれでいいじゃないか。
未納 でもお兄さんのことだって、一遍は言っといたげようと思っただけよ。その他のことなんて考えてやしなかった。
昌允 そうすると、俺は……お前に礼を言わなくちゃァならないことになるのか。
未納 首を締めるほどのことじゃないと思うわ、兎に角。
昌允 しかし美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]さん、も少し考えた方がいいと思うね、これは。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] ――。
昌允 一時の気持の動きだけで、こんなことをきめると、後で困るのは自分だけだよ。僕にしたって後悔されるよりは今のままの方が、結局いいからね。それに……僕の方ではもう……気持の上では、ある区切りまで来てるんだから……。(くしゃみ)あなたは、自分の、好きなことを……。
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美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]、黙って唇を噛んでいる。
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未納 (呟くように)妾は、今日何てへまばかり、やってるんだろう。言うことすることみんな的が外《はず》れてるんだもの、いっそおかしいくらいだわ。自分独りで悲しんだり、喜んだりして……。
諏訪 妾、もう黙っていられないわ。こんな面倒なことって、一体誰から起ったことなの。みんな須貝さんからでしょう。あなた、もうあの人にこの家を出て戴きましょう。
鉄風 しかし、俺が考えるには、この問題は別に、須貝の方で不都合《ふつごう》な点は無いように思うがね。問題を面倒にしているのは、主として家の連中じゃァないのかい。
諏訪 あなたのように落ちつき返っていちゃ、何だって誰にだって罪も責任も起りゃしないわ。だって須貝さんさえ居なかったら、何もこんないろんな面倒なことは起りようがないじゃありませんか。
鉄風 しかし、事実は須貝はいたんだし、いろんな面倒なことは起ってしまったのだ。そう言う意味で須貝の責任を問うと言うことになると、ただ、須貝がこの世に生れたと言うことがいかんということになる。人間は誰だってこの世に生れたと言うだけの理由で非難をされる責任は無いさ。
諏訪 あなたの演説なんか妾は聴きゃしないのよ。妾は、どうしてもあの人に出て行って貰うのよ。妾はもう、あの人を信用することは出来ないんだわ。あなた方もそうよ。あなた方の中、誰があの人を愛して、誰があの人を信用したって、母さんはもう、あの人を信用することは出来ないのよ。あの人は軽薄で、嘘つきで、浮気者で、信用のない兵六玉《ひょうろくだま》よ。
鉄風 中々見事な弁舌だ。しかし、例えばあの人間を此処の家から出て貰うとしてもだね、どう言う理由で出て貰うんだね。まさか俺の娘が二人とも君を愛している、そういう状態では家庭の平均が保てんから出て行って呉れ、そう言うわけにも行かんだろう。それに、もともと俺にしたって、君にしたって、二人の中どちらかは須貝に貰って貰うつもりでいたんだろう。
諏訪 二人の中一人ですわ。二人共じゃありませんのよ。それも、うまく行った場合の話じゃありませんか。今の場合はちっとも家ん中がうまく行ってやしないわ。妾は未納をと思っているのに、須貝さんは美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]を欲しいと言う。その美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]を昌さんが愛しているんだと言う。おまけに三人が三人で、いろんなことを……妾達にはとても、わかんないようなことを考えたり、したりしてるんだわ。妾には我慢がならないわ、こんなこと。
鉄風 一体、これは家の若い連中がいかんよ。大体お前達は物事を慎重に取扱い過ぎるのかね。それともあんまり不真面目に見過ぎているのかね。お前達の行動は実に不可解だ。不可解極まる。まるで、相手の先手を打つことばかりに苦心しているようじゃないか。
未納 妾達不真面目じゃないわ。妾だって物事を考えないでする方じゃないのよ。ただ結果の方が妾達より先回りしてばかりいるんだわ。妾だって困るわ。こんなんなら、始めから何にもしなかった方がずっと、気が楽で愉《たの》しかったのよ。
鉄風 一体若い者って言うものは、物事をするのに、もっと情熱と誠意がなければ、いかんよ。お前達にはそれがない。若い者にあるべき新鮮さ、熱情、烈しさ、懸命さ、そう言うものがない。それでいて、一通り心得たような顔つきをしているのはどういうものかね。
昌允 と言ったところで、僕達にはお父さんみたように、美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]のお母さんと、いきなり結婚して僕達を面喰わせたり
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