は泣いてなかったな、すると……(ふと云い止んで)お前、邪推じゃないだろうな。
未納 ないとは言えないわ。ふっと、そんな気がしただけなんだもの。証拠のあることじゃない。
昌允 だが、お前がそう感じたんならそうだろう。
未納 妾、受け合わないわよ。そりゃ、妾だって、考えたくないことだもの。邪推かもしれないわ。
昌允 おい、俺を慰めてやろうなんて考えを起したって駄目だぞ。俺はまだ、お前に……。
未納 妾だって、まだお兄さんに同情してるほど余裕は出来てやしないわ。妾が助けてほしいくらいだわ。お兄さんったら妾が、そう言ったら直ぐそうかと思っちまうんだもの。妾だって困るじゃないの。
昌允 しかし、出鱈目だと言って怒るわけにもゆかないだろう。
未納 何とか、言いようがあるわ。
昌允 お前がそうだと言えば、そうかと思うより他ないさ。
未納 でも、そう言うこと、有り得ることだと思って?
昌允 有り得ることだ。そう言うことの可能性ってものは、無限大だな、理窟もへったくれもないさ。
未納 そういうものかしら、じゃ、仕方がないわ。
昌允 仕方がない、と言うのは、どう言う意味だ。それは、つまり……まあどうでもいい、俺は……。しまった!
未納 どうしたの。
昌允 つまらんことを、して了ったな、こりゃ。俺は須貝さんに余計なことを言ったよ。言わなきゃ、よかった。
未納 何を言ったの。
昌允 何でもいいさ。お前があの人を好いていると言うことを言ったんだ。
未納 あら!
昌允 ところで、美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]が、須貝さんを、好きだとすれば、二人の間は……もう俺達じゃァ邪魔の出来ないところ迄来てるかもしれないな。
未納 そうかしら。
昌允 ああ言う女に愛されて、愛し返さない男って、ないよ。
未納 そうすると、妾達、もう黙って引込んでる他ないわけね。須貝さん、どう思ってるのかしら。
昌允 あの人は、俺にはわからない。
未納 須貝さんもそう言ってるわ。
昌允 そんなことを言い出せば際限のない話だ。誰だって、他人の腹ん中なんて、わかりゃしないよ。一体、須貝さんは女には好かれる質《たち》かい。
未納 ――。
昌允 一般的にそうかい。お前は別としてだよ。
未納 わからないわ。
昌允 ん。それは返事に困るだろう。じゃァお前は、あの人の何処が気に入ってるんだ。
未納 だって、そんなこと今問題じゃないわ。あの人が妾達の何処を何う思ってるかってことだけよ、お話は。
昌允 成程、今日はお前の方が頭が冴えてる。それに具体的な所に触れているようだ。こう言うことになると、俺は、考えがまとまらんでいかん。
[#ここから3字下げ]
諏訪、鉄風。
[#ここで字下げ終わり]
諏訪 (入りながら)いいえ、フォカスライトは一切使わないのよ。フラットにしてね、それもフットライトだけよ。それで後のスクリーンへ影をはっきり出したいの。
鉄風 俺は別に反対はしやしないよ。(中の連中に)やあ、いたのか。(諏訪に)ただねそううまくゆくかどうか、ってことを言うだけなんだよ。
諏訪 只今! うまくゆきますとも、ゆかなかったら……妾……。
昌允 お帰んなさい。母さん、今日はいつもより綺麗ですね。
諏訪 ありがと、今日一日、どうして?
未納 ほんとに綺麗だわ。(甘えて)憎らしいったらありゃしない。母さんのくせして、妾達より綺麗なんだもの。
諏訪 もうたくさん! おみやげ。
未納 母さん、遅いなあって言ってたところよ。
諏訪 日曜日をお留守番で、済まなかったわね。そのかわりお土産《みやげ》どっさりよ。
昌允 其奴《そいつ》は、留守番なんかしとらんです。須貝さんと、一ん日テニスしてたんですよ。
未納 御自分だって、どっかへ歩きに行って来たじゃないの。
昌允 なに俺のはほんの、一寸の間だ。
鉄風 いかんねえ、どうも、これじゃァ。
諏訪 そんなんじゃァ、お土産は婢《ねえ》やの方へ回さなきゃァ。
昌允 婢やもいませんよ。
未納 伯母さんが病気だからって、急に帰っちゃったわ。
昌允 暇を取りたい模様でしたよ。ひょっとすると、あれはもう、還って来ないつもりかもしれないな。
諏訪 あらそう、困ったわね。
鉄風 先月から給料を上げる約束だったのに、上げてやらなかったろう。
諏訪 だけど、今迄だって他所《よそ》のよりは、ずっといいのよ。
鉄風 しかし約束したんだから、向うじゃァ当にしてるよ。
諏訪 あんまり言いなりになるようで莫迦々々しいんだもの、妾達、始終家を空けるもんで、足許《あしもと》をみてるんだわ。きっとそうよ。
昌允 みられたって、仕様がないな、それは。
鉄風 少しくらい無理を言ったって、我慢しておくんだな。馴れた奴の方が何かと便利だと思うよ、俺は。
諏訪 じゃ、どうすればいいと被仰《おっしゃ》るの、そ
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