でごしごし顔をこする。
[#ここで字下げ終わり]
昌允 無精《ぶしょう》しないで、洗って来いったら。
未納 うちの兄貴は、やかましくって、いかんな少し。(去る)
昌允 (後をみながら)あの服は、あれで、いいんですか。
須貝 別に変でもないでしょう。普通ですよ。和服用の銘仙を使ってるから……。
昌允 なんだか、変な格好だな。何ドレスって言うのかな。
須貝 何ドレスってことはないでしょう。いろいろ自分でやってみるんですよ、近頃は。あッ、ホームドレス……。
昌允 ホーム……。
須貝 家庭ですよ。
昌允 はあはあ……。あんまり家庭的でもないな。彼奴は、女優にはなれませんか。
須貝 なれますよ。しかし他人の言うことを聴かないのがいけませんよ。妙なところで意地を張る。
昌允 家で遊んでる方がいいには違いないが……。
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未納、タオルで顔を拭き拭き。
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未納 泳げるところ、めっけて来たわよ。
昌允 泳ぐ、お前がか。
未納 ううん。須貝さん、泳ぎたい泳ぎたい言ってるもんだから。
須貝 泳げるかな、って言っただけじゃないか。
昌允 撮影所の連中は、やってるようですね。
須貝 構わないのかな。
昌允 構わないことはないでしょう。しかしやっています。
未納 第一泳げるの、あなた。
須貝 土佐の生れだからね。
昌允 ああ、それなら、泳げますね。
未納 土佐か、土佐犬か。土佐って何県だったかな。
昌允 知らないのか。
須貝 一寸、失敬。
昌允 まあ、いいじゃありませんか。
須貝 笑っちゃ、いかんですよ。一寸、思いついたことがあるんで。
昌允 ノオトをとるんですか。熱心だな。
須貝 そら笑った。(去る)
昌允 (追かけて)考えといて下さいよ。今の話。
未納 母さん、遅いわね。何処へ廻ったのかしら。
昌允 姉さんに聞かなかったのか。
未納 お兄さんは?
昌允 いや、俺も……。撮影所で与太《よた》ってるんだよ。
未納 早く帰って来るといいのに。
昌允 用があるのか。
未納 (曖昧に)え。ううん、母さん……に……妾、頼んどいたことがあるの。
昌允 なんだ。つまらん。
未納 でも、もう取消しよ。お兄さんには、つまらんことでも、妾にはつまることだわ。
昌允 ふむん。(気を換えて)母さんも遅いが、お前も、割合にやることが遅いな。
未納 どうして。
昌允 須貝さんのことだ。ぐずぐずしてると、逃げられるぞ。
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間。
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未納 妾、須貝さんを、追掛けてなんかいないからいい、逃げられたって。
昌允 そうか、しかし俺にはそうみえるがね。追掛けていないかもしれないが、そういう気はあるだろう。それなら、追掛けてみた方がはっきりしている。
未納 そんなの、ないわよ、女が男を追っかけるなんて。
昌允 そんなに習慣を重んじるお前でもないじゃないか。
未納 妾は厭よ、そんなの。須貝さんが、妾を嫌いだったら、妾だって嫌いだわ。
昌允 まだそこ迄は行ってないさ。
未納 だったら妾も、じいっとしてるより他、仕方がないじゃないの。
昌允 しかし、競馬とは違うからな。出発点を定《き》めといて、二人が一緒に走り出すものじゃァないだろう。何方かが先に走り出すさ。その方が負だろう。威張ってみたって始まらないよ。
未納 心配して呉《く》れないだっていいの。妾、別に、どうしてもあの人でなくちゃ死ぬ、と言うほどのわけじゃないのよ。そんなに気張って考えなくったっていいと思うわ。
昌允 それはそうだ。ただ、実際の問題として、そう簡単に行くか。
未納 ゆかない?
昌允 ――。そんなことは知らんよ。
未納 お兄さんは此の頃陰気ね。
昌允 (立上る)俺は前と変らない。
未納 以前は、そうでもなかったわ。
昌允 俺はお前に俺の批評をすることは許さん。
未納 うまく言ってるのね。
昌允 なに。
未納 うまく言って、妾に須貝さん牽制させといて、自分は美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]姉さんを……って考え、分っててよ。
昌允 あッ、そうか。お前は大分|性質《たち》が悪くなったな。
未納 お兄さんこそよ。
昌允 しかし、俺だってそんなことは気がつかなかった。
未納 美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]さんね。須貝さん好きよ。何とかしなくちゃァ。
昌允 お前と、どっちが沢山だ。
未納 妾なんか、なんでもないんだったら。
昌允 (未納の方を見ないで)お前川原で泣いてたろう。
未納 嘘だわ、そんなこと。
昌允 泥でよごれた顔と、涙でよごれた顔と見わけがつかないと思ってたのか。
未納 ――。
昌允 (坐る)お前が石を、擲《ほう》ってた時、近よって行ったのは俺だよ。
未納 ――。
昌允 須貝さんだと思ってたんだろう。あの時
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