、五十を越してからでも、相変らず情熱と誠意を以て泪《なみだ》の名画を拵《こしら》えて、大向うを退屈させたりする芸当は出来やしませんよ。
鉄風 俺は、親子がそう言う争いをすることは好まない。だが、若し俺と諏訪とが一緒になる前に、お前が美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]を何とか思っていたとしたら、それを前以て明にすべきだったんじゃないかね。それというのも、お前達の徒《いたずら》なる狐疑逡巡《こぎしゅんじゅん》の為《な》す所じゃないか。
諏訪 もうお願いだから、そんなことで喧嘩なんかしないで下さいな。妾が言ってるのは、そんなこととは何の関係もないことです。話は簡単です。須貝さんにこの家から出て行って貰うということだけよ。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] だって母さん。それは、お気の毒だわ。あの人は、何にも御存じないことだもの、だから、こんなこと、みんな、なかったことにしといたらそれでいいでしょ。ねえ。
鉄風 兎に角、俺は今須貝を放逐する気にはなれんよ。俺は長い間かかって彼奴を一人前の技術家にしてやった。これからというところで、こんな風な出来事で手放して了うのはあんまり惜しい気がするんだ。
昌允 それは惜しい惜しくないに拘《かかわ》らず、今の場合須貝さんに、この家を出て行って呉れというのは少し無法でしょう。お父さん達の料簡《りょうけん》では、未納か美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]か、どっちかをあの人に呉れてやるつもりだった。ところが須貝さんは美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]を選んだ。その他の事はあの人には関係の無いことですよ。
諏訪 いいえ、あの人に関係の無いことでも、妾達の家庭には大きな関係のあることだわ。そして妾達にとっては、妾達の家が一番大事な問題なんですからね。他の事柄こそ、それに比べれば小さいことだわ。
未納 でも母さん、須貝さんは明日っから、始めて一本でお仕事なさるんでしょう。それだのに、今出て行って貰うなんて非道《ひど》いわ。そんなこと出来ないわ。
諏訪 あなた達、みんな妾に反対なんですね、いいわ、それでも妾は出て行って貰います。妾ひとりで、このことはやってみせます。(鉄風が何か云いかけるのを押えて)いいえ、あなただって、妾が此処に(胸を押えて)持っている、一つの理由をお聞きになったら、き
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