、これで、そう悪い方とは言えないわ。妾は贅沢の方じゃないから、このくらいで結構我慢出来ないことはないわ。この家も、土地も、妾達自分のものになったし、主人はもう、そんなに働かなくったって撮影所の方でやって行けるし、妾は妾で、自分の好きな踊を勝手にやってゆけるし。
須貝 まったく贅沢は言えませんね。
諏訪 それに三人の子供だって……一人の息子と二人の女の子が、みんないい子だし……贅沢は言えないわ。昌允は少し陰気だけど、あれで頭ははっきりしていて、それに実務家だから妾は楽しみにしていますの。妾達の中にだって、一人くらいは実務家がいなくちゃァいけないわ。あの子は今にきっと何かやり出してよ。今は会計課員だけど。それに、未納、妾はまた未納が大すきなの、いい子だわ。あの子をいけない子だなんて誰だって思えやしないわ。陽気で元気で甘ったれで。(思い出して)ああ、今日妾あの子の髪を剪《つ》んでやらなくちゃァ、あの子は唄も巧いし……。踊は下手だけど。
須貝 ――。(呆れた顔)
諏訪 美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]だって、やっぱりいい子だわ。おとなしいけれど陰気って言うほどじゃないわ。器量だって、妾よりはずっといいし、第一姿に品ってものがあるわ。しっとりしていて物事の締《し》め括《くく》りをちゃんと知っている聡《さと》い子供だわ。妾は始終家を留守にしているけれど、あの子がいて呉れるから万事安心と言うものだわ。それに……(行詰る)
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間。
[#ここで字下げ終わり]
須貝 それに、どうしたんです。それだけですか、被仰ることは。
諏訪 彼方へいらっしゃいったら。どうして妾独りがそんなにお喋《しゃべ》りしなきゃいけないの。
須貝 無理に、とは言ってやしません。もともと僕からお願いしたわけの話じゃないんだから。
諏訪 あなたは恥知らずですよ。妾は、三人の子供の母親ですよ。
須貝 しかし、実際は……あなたは……。
諏訪 お黙んなさい。あなたは何にも言うことはありませんのよ。
須貝 奥さん。あなたはものの五分間も御自分独りでたて続けにお喋りをなすった、いいですか。僕は黙って拝聴しましたよ。この上黙っていなければならないんですか。あなたにはもう、言うことなんか、何にも無いじゃありませんか。
諏訪 えーえ、そうですとも。あなたは黙っていなければいけません。あなたに、
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