紀 (収に)ピアノの稽古を止すんだって?
収 ――。(笑っている)
真紀 止さなくって、いいんだろう。折角、母さんに頼んであげたんじゃないの。
収 ええ、もう止さなくってもいいんです。だけど、男がピアノって、可笑しいじゃありませんか。
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単調なソナティヌ。
三人ひっそり笑いながら聴いている。
めいめいがそれぞれの思いを追っていて、まるで聴いていないようででもある。
夕闇の色が濃い。
[#ここで字下げ終わり]
弘 (笑ったまま)奥さん、あなたは今日、(収を指さし)このひとに大変いけないことをなさいました、御存知ですか?
真紀 (之《これ》も笑ったまま)知っています。でもそうするより、他に仕方がなかったと思います。
収 (之も笑ったまま)わかってますよ。おばさん。あれはあれでよかった。大変よかった。
真紀 でも、あなたも悪かった。そうだろう。あなたも悪かったよ、ほんとに。
収 ほんとです。そのとおり。
真紀 何にも言わないでね、済んだことは。可哀想だから。
収 大丈夫ですよ、あのひとには責任の無いことです。
真紀 有難う。
収 僕は悪者じゃなかったでしょう。
弘 私に
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