さ子 違うんだったら、母さん。お師匠さんはあたしを揶揄《からか》うのよ、そんな風に言って。
真紀 あきれたひとだ。それで、あなた自分では一人前の腕のつもり?
あさ子 卒業の見込み無し、ってほどではないと思うわ。
真紀 (呆《あき》れた感じで)ふむん!
あさ子 何よ、母さん。
真紀 だってあなた。(笑う)
あさ子 厭な母さん。
真紀 あなたのお裁縫は、私が見たって、到底《とうてい》卒業の見込みはありゃしないよ。
あさ子 あら。(悄気《しょげ》て)困るわ。あたし、ちっとも怠けてなんかいやしないのよ。だけど、あれでしょう三年間ちっともお針なんか持たなかったんだもの。そりゃ、女学校の時分はやったけれど。
真紀 そうかな、女学校の時分だって、大概母さんが代ってやっていたようよ。
あさ子 そうだったかしら。
真紀 厭だよ、此《こ》のひとは。そうだったかしらもないわ。
あさ子 でも、古い話だから憶えてやしない、あたしは。
真紀 させられた方で忘れないからいい。
あさ子 母さんは物憶えのいい方よ、どっちかって言うと。
真紀 あなたにはかなわない。
あさ子 どうして?
真紀 どうしてでも。(笑う)
あさ
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