奥さんは三十七になるが、今日迄一度も和製の化粧品を使ったことのないのが誇なんだって。此の間も独逸《ドイツ》の何とか言う会社へ直接注文して、二十何円もするクリームを取寄せたんだって。そしてね、僕は主戦論者だが、その第一の理由は、もし戦争が始ったら、うちの奥さんも、少しは国産愛用者になるだろうと思うからだって。店でみんな大笑いしてるのよ。
収 ――。
あさ子 (椅子を卓の方へ寄せ)此の間持って帰った人形、どうして。おばさん笑ってたでしょう?
収 ――。
あさ子 厭だわ、聴いてないのね。(眉を撫でる)
収 ――。
あさ子 どうかした?
収 (思い出したように)いいえ。
あさ子 そう。だったらいいけれど。
収 あなたは何時来ても人形を慥えてるね。
あさ子 そう言う時ばかり、やって来るのよ。
収 明日お嫁入りって言う日でも、そうしてるんだろうな。
あさ子 いやだお嫁入なんて。
収 どうするんだ? 出来上ったのは。
あさ子 売りに行くの。みんな同じことを言うのね。
収 おばさんもそう言った?
あさ子 たった今よ。
収 ふ。人間の考えてることなんて、大概同じようなものだな。
あさ子 あたしは違う。

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