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収 お客様らしい。やっぱり帰らなくちゃ。
あさ子 駄目々々。今帰っちゃ駄目よ。も少し。
収 だって、僕の知らない人だ。
あさ子 大丈夫よ。紹介したげるから。
収 して欲しくないよ。よく知ってる人?
あさ子 一度逢ったの。
収 紹介も凄《すさま》じい。一度逢った人か。(立上る、あさ子も)
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真紀、弘。弘、三十三。
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真紀 どうしたの? 立ちはだかって。
あさ子 帰るんだって、急に。何だか、怒ってるみたいよ。
真紀 莫迦ね、晩まで遊んでってもいいんでしょ。まだ日があるから暑いよ。晩御飯を済ましてからになさい。
収 しかし、遅くなると。
真紀 心配なんてするものか、あなたの母さんが。(笑う。弘に)親戚と言ってもいいんです。須藤収、さんは付けたり付けなかったり。(収に)上野弘さん。あさ子のお友達のお兄様よ。さ、どうぞ……。
弘 いいじゃありませんか、ごゆっくりなさい。私が入ってもいいでしょう。
あさ子 そおら、言わないことじゃない。
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収、あきらめて坐る。
女[#「女」はママ]が椅子を持込んで去る。
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弘 (あさ子に)この間はどうも、失礼しました。あの時言ってらしった症状ね、今日血液検査表が出来ました。やっぱり、仰言ってたとおりでしたよ。
あさ子 そうですか! やっぱりあたしの言ったとおりでしたの。(弘の差出す紙片を手にとって)まあ、ほんと。
弘 然し、完全にあなたの勝と言うわけじゃありませんよ。その三番目の表を御覧なさい。それじゃない、その下、それそれ。肘静脈血の窒素含有物の定量です。まだまだ議論の余地はありそうですね。尤《もっと》も……。
あさ子 あたし忘れていましたわ。此の間は、どうも御馳走さまでした。
弘 や、どうも。
真紀 なあに、突然びっくりするじゃないの。
あさ子 (母を睨む)いいわ、母さん。(手が眉の所へ行く)
真紀 また。
あさ子 母さんこそ。
弘 ちっともわかりゃしない。
あさ子 母さん。
真紀 ん?
あさ子 先刻の電話、誰?
弘 (笑って)うまく誤魔化《ごまか》した。
あさ子 あら、そうじゃないんです。ほんとなんですよ。御自分の名前も仰言らないで、誰だかわかりますか、って笑ってるんですもの、とても変なのよ。
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弘、真紀と顔を見合せて頭を掻く。
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あさ子 あら。
弘 どうも。
あさ子 (困って)あらあら母さん、どうしましょう。あたし大変なこと言ってしまった。
真紀 しらない、私はしらない。
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あさ子、両手で顔を蔽う。みんな笑う。
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弘 (収に)学校は、何をおやりです。
収 ……。
あさ子 独文ですの。
弘 いいなあ、そいつは。
あさ子 怠け文学部。
収 笑われた仕返しかい。
弘 私は、美学をやりたかったのだが、親父がどうしても許して呉れないので、到々医者にされて了いました。大した方向転換です。癪《しゃく》に触ったもんで一週間ほどってもの、食事をとらないで頑張ってやりましたよ。尤もそれは家だけで、外ではやっていましたけれど。(笑う)
真紀 おや、そうでしたの。それじゃ、収さんと合うわけですよ。私、一寸失礼。(去る)
弘 文学は、何を専門になさるんです。
収 何って、別に定《きま》ってやしないんです。
あさ子 仰言いよ。
収 言うことなんて、ないじゃないか。
あさ子 あるんですよ、ほんとは。
弘 そりゃ、あるでしょう。
あさ子 あのね。
収 (むっとして)お喋りは止せったら。一々余計なこと言うもんじゃないよ。(あさ子舌を出す)
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間。
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収 どうも唇が乾いて仕方がないのですが、あれは、やはり胃が悪い所為《せい》でしょうか。
弘 始終そうなんですか?
収 ええ、此の頃ずっと。
あさ子 運動不足よ。
弘 出来ませんね、そりゃ。
あさ子 閑で困ってるくせに。
弘 それは、あなたのことでしょう。
あさ子 あたしはとっても忙しいのですよ。毎日いろんなことで。
弘 お茶とか花とか。
あさ子 あんなもの。
弘 おやおや。
あさ子 どこがいいんでしょうねえ。あたしなんかちっとも面白くない。
弘 やってるうちに、わかるのでしょう。
収 わかる迄には止して了うのですよ。
あさ子 しないのと同じね、止そうかしら、あたし。
弘 止すことは一番に言いますね。
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女中。
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女中 (あさ子に)奥さまがちょっと。
あさ子 (立上り)待っててね。
女中 お仕事は片付けましょうか?
あさ子 仕事って、(卓の上の人形をみて)ふふ、いいの。(去る。女中去る)
弘 いいで
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