さ、だからさ……。
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間。
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真紀 あれで、理化学研究所だけは、当人よくよく這入《はい》りたかったらしいのね。
収 そうでしょう、そりゃ。
真紀 何か言って? あなたに。
収 いいえ。
真紀 口を合わせてるようね。
収 ?
真紀 あなたが文学の話をするのかって訊いたら、やっぱり、いいえ、って。
収 だってほんとだもの。気になるんですか、それが。
真紀 ならないこともないの。あなたなんかそう思うでしょうね。這入りたければ、入れてやればいいって。
収 僕はやはり、これでいいのだと思うけど。
真紀 私達はどうしていいのかわからないの、本当のところはね。みんなあのひとが可愛くって仕方がないのよ。だから、あの子の好きにさせてやりたくなったり、そうかと思うと、それが却《かえ》って当人の為にならない気がしてみたり。少しは親の思惑《おもわく》でも押し切るほどだったらいいんだけど。
収 一々押し切るようだったら、一層困るんでしょう。
真紀 そうかもしれない。でも、あんなのも、今時ねえ。
収 どちらにしても不足は言うか。親って勝手なもんだな。しかし、そう言えばそうかもしれないな。
真紀 なに? 独合点《ひとりがてん》じゃわからない。
収 研究所へ入っておいた方が、おばさんの、ほら、世間知らずで押しとおれたかもしれないと思うんだけれど。
真紀 そこが難しいところね。女ってものは結局、あれだ、つまり……。
収 そう、それなら同じことです。これでいいんですよ。
真紀 どうするつもりだろう。あんなに人形ばかり慥えて。
収 含む所有るように見えるんですか。
真紀 まさか。でも何にも言わないから。
収 言うことが無いからでしょう。
真紀 簡単ね、あなたのは。
収 そんなに気になるかなあ。
真紀 私ね、私、なんだかあの子に大変悪いことをしたような気がするの。勿論《もちろん》気が廻るのよ、これは。(顔を外《そ》らす)自分でも可笑《おか》しいと思うんだが。
収 何とも思ってやしませんよ。そんなんじゃない、あれは。
真紀 あさ子の理解者ね、あなたは。
収 あのひとのすることなら総《すべ》て賛成しますよ。
真紀 大変ね。
収 少しファンの方かな。
真紀 お嫁さんに貰って呉れるかしら?
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間。
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収 (静かに)おばさん。
真紀 え?
収 いや。
真紀 冗談々々。あのひとがもっと年下ならそう言うのよ。あなたはまだまだ勉強するんだものね。
収 (笑いながら)なかなか、うまいや。
真紀 私も、そろそろ決心しなくちゃいけないかねえ。
収 ――。(笑っている)
真紀 早すぎやしないわね。二十四。
収 そうですとも。どこかお話があるんですか。
真紀 ええ、まあ。
収 いいですね。医者、やはり。
真紀 ああ。
収 あのひとの知ってるひと?
真紀 いいえ。でも顔やなんかは知ってるの。お友達の兄さんで……お家もよく知ってるし……。
収 それならいい。
真紀 鈴木内科へ出てる方なのよ。
収 そうですか。それで……。
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あさ子。
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あさ子 母さん、電話。
真紀 (立上り)そう、何方《どなた》?
あさ子 知らない。男の方よ、誰だか分かりますかって、笑ってるの、厭だわ。
真紀 そうかい。(去る)じゃ。
あさ子 今お店へ来た人ね、爪切りを呉れって言うのよ。こちらは薬局ですから爪切りはありませんて言ったら、そしたら剃刀《かみそり》の替刃って言うの、化粧品ならありますって言うとね、僕の奥さんは三十七になるが、今日迄一度も和製の化粧品を使ったことのないのが誇なんだって。此の間も独逸《ドイツ》の何とか言う会社へ直接注文して、二十何円もするクリームを取寄せたんだって。そしてね、僕は主戦論者だが、その第一の理由は、もし戦争が始ったら、うちの奥さんも、少しは国産愛用者になるだろうと思うからだって。店でみんな大笑いしてるのよ。
収 ――。
あさ子 (椅子を卓の方へ寄せ)此の間持って帰った人形、どうして。おばさん笑ってたでしょう?
収 ――。
あさ子 厭だわ、聴いてないのね。(眉を撫でる)
収 ――。
あさ子 どうかした?
収 (思い出したように)いいえ。
あさ子 そう。だったらいいけれど。
収 あなたは何時来ても人形を慥えてるね。
あさ子 そう言う時ばかり、やって来るのよ。
収 明日お嫁入りって言う日でも、そうしてるんだろうな。
あさ子 いやだお嫁入なんて。
収 どうするんだ? 出来上ったのは。
あさ子 売りに行くの。みんな同じことを言うのね。
収 おばさんもそう言った?
あさ子 たった今よ。
収 ふ。人間の考えてることなんて、大概同じようなものだな。
あさ子 あたしは違う。

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