てみるのよ。野田さんやなんか、どうしてるかしらん、なんて。
真紀 お嫁入りなすった方かい。
あさ子 医学部の研究室にいるひとよ。
真紀 ――。
あさ子 あたしもしばらく、あそこにいたわね。あたしが家へ帰ることにきまったので、代りにあのひとが行ったのよ。
真紀 あなたは、今でもやっぱり、あの、理化学研究所に入らなかったことを、何とか思ってるんじゃない?
あさ子 ――。
真紀 そりゃ、惜しいには惜しいだろうけど、先生方もあんな風に言って下すったのだし。
あさ子 (笑って)母さん、あたしもう何とも思ってやしない、それなら。
真紀 そう、そんならいいけど。
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間。
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あさ子 此の間、慥えた人形ね。収さんが持って帰ったのよ。あれが一等出来が悪いんだのに。
真紀 どうして、そんなのを持って帰るのだい、あの人。
あさ子 しらないわ。変な恰好《かっこう》してるのよ、そりゃ。他のと取り換えるからって言うのに、これでなくちゃ厭だってきかないの。
真紀 変梃《へんてこ》な所はあなたの感じが出てるんだろう、きっと。
あさ子 ひどいわ、母さん。
真紀 あれで、いろんなことをやってみるらしいね。
あさ子 収さん? 建築の写真なんか集めてるのよ。
真紀 文学部なんだろう。
あさ子 ほんとは芝居の勉強がしたいんだって。
真紀 芝居って。あの芝居かい、歌舞伎やなんかでやっている。
あさ子 さあ、あたしにもよくわからないんだけれど。
真紀 変なものをやるんだね。他にすることがありそうなものを。
あさ子 だって、そりゃ、仕方が無いと思う。母さん嫌い? あのひと。
真紀 好きさ。いい人だもの。けどやってることはね。
あさ子 文学?
真紀 あんまり好きじゃないね。
あさ子 あたし達は解らないのよ。家じゃ、みんな化学なんだもの。
真紀 それで、あなたにも始終《しょっちゅう》そんな話をするの文学とか、芝居とか。
あさ子 ちっともよ。あたしがそんな話をし出すと妙な顔をするのよ。
真紀 解からないときめてるんだね。
あさ子 きまりが悪いのよ、きっと。赧《あか》い顔するのよ。
真紀 何考えてるんか、わからないね、若い人って。それじゃ、いつも、どんな話をしてるの?
あさ子 話なんてしやしない。
真紀 でもピアノのお稽古が済んだら直《す》ぐ帰っちまうってわけじゃないでしょう。
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