子 (わけわからずに笑う)
[#ここから3字下げ]
間。
[#ここで字下げ終わり]
真紀 もう出来るの? それ。(あさ子の持っている人形を頤《あご》で示す)
あさ子 も少し。
真紀 今、何処をやってるの?
あさ子 裾廻《すそまわ》しんところ。
真紀 此の間中のと、また違ってるの?
あさ子 ――。
真紀 ねえ。
あさ子 え?
真紀 また違うのをやってるのかい?
あさ子 そら、とうとう間違えちゃった。母さん、いろんなこと言うから、ほら(示して)こんな。
真紀 だってあなた、さんざんひとに喋《しゃべ》らせといてちっとも聴いてやしないじゃないの。
あさ子 だから、何よ。なに言ってたの、今。
真紀 つまり、ね、あら厭だ、つまりなんて話じゃなかったのよ。少しは真面目に他人《ひと》の話を聴くものよ。
あさ子 真面目に聴いてるわ、あたし。でも、何の事だか、訳が分らないんだもの、これ以上真面目になんてなれやしないでしょう。
真紀 だからさ、一体どうする考え? そんなに次から次へお人形の着物ばかり慥《こしら》えて、お人形屋でも出すつもり?
あさ子 出来たら、そうしたいわ。
真紀 そんなこと言って、母さんを揶揄うんじゃないでしょうね。
あさ子 どうして?
真紀 どうしてって、そうじゃないか。
あさ子 でも、あたし、することがないんだもの。
真紀 することならいくらでもあるじゃないの、他に。
あさ子 どんなこと、じゃあ?
真紀 そうね、お茶をたてるとか、お裁縫だとか。その他にも、花を活《い》けるとか、それからまた時にはピアノをさらうとか、何だってあるよ。それだけあれば、為《す》ることが無いなんて言やしないな、母さんなら。
あさ子 そうかしら。
真紀 贅沢《ぜいたく》よ、あなた。
あさ子 でもね、あたし薬専へ行ってた間、ちっともあんなことしなかったでしょう。だからこの頃になって急にあれやこれや一遍にやり出すとね、母さん怒っちゃ厭よ、怒りゃしないわね、あたし、あんなものがみんな、なんだか、こう大変な大仕事みたような気がして仕方が無いの。木曜がお茶で、土曜がお花、月曜がピアノでその他の日がお裁縫でしょう。だからそのほかの時に、独りでやってみる気なんて、起りやしないの。そのくせ、じっとしてると、……長い間学校にいた所為《せい》かしら。
真紀 ――。
あさ子 時々、あたしね、お友達のことなんか、考え
前へ 次へ
全19ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
森本 薫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング