ん》が自分の前へ廻された時には、顫《ふる》える手先を覚られまいと努めながら、それでも立派に毛利小平太元義と署名して、その下に小指の血を注いだ。そして、それを次の勝田新左衛門に渡した。
こうして大石内蔵助以下寺坂吉右衛門にいたるまで四十八人の血判がすんだ時、さらに当夜の人々心得《にんにんこころえ》が議に附《ふ》せられた。これも忠左衛門の手になったもので、当日定めの刻限が来たら、かねて申合せた三箇所へもの静かに集合すべきことという第一箇条を始めとして、敵の首《しるし》を揚げた時は、骸《かばね》は上衣に包んで泉岳寺に持参すること、子息の首《しるし》は持参におよばず打捨てること、なお味方の手負いは肩に引懸け連れて退くことが肝要だが、歩行|難渋《なんじゅう》の首尾になれば、是非《ぜひ》におよばす首を揚げて引取ること、そのほか合図の小笛、鉦《どら》、退口《のきぐち》のこと、引揚げ場所のこと、途中近所の屋敷から人数を繰《く》りだした場合の挨拶、上杉家から追手がかかった時の懸引、なおまた討入って勝負のつかぬうちに御検使が出張になった場合、それに応ずる口上にいたるまで、すべて十二箇条にわたって残る隈《
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