と》に身を寄せて、その隙間から覗《のぞ》きこんだ。目の前はやっぱりお庭先の植込らしく、木の枝に視線は遮《さえぎ》られるが、それでも廻縁になった廊下が長くつづいて、閉《た》てきった障子《しょうじ》にあかあかと夕日の射しているさまが、手に取るように窺《うかが》われた。上野介の居間がどのへんにあるかは、もとより知る由もない。が、左手に見える檜垣《ひがき》の蔭には泉水でもあるらしく、ぼちゃんと鯉の跳ねる音も聞えてきた。小平太はだんだん大胆になって、少しずつ門の扉《とびら》を開けて行った。もう少しで頭だけ入りそうになった時、すうと向うに見える障子が明いて、天目《てんもく》を持った若い女が縁側にあらわれた。彼はぎくりとして思わず後へ退った。が、間《あい》が離れているので、向うでは気のつくはずもない。そのまま廊下づたいに、音もなく下手《しもて》へはいって行く。
 小平太は振返って、用心深くあたりを見廻した。幸いに、どこから見ていられた様子もない。この上危い思いをして覗いていても得るところはあるまい、ここらが見切り時だと、彼は急いで門を離れた。が、せめて長屋の戸前でも数えて行ってやれと、心の中でそれを
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