に言った。「だが、これも時代《ときよ》時節《じせつ》というもの、そのうちにはまたいいことも運《めぐ》ってきましょう。あまりきなきな思って、あなたまで煩わぬようにされるがようござりましょうぞ」
「ありがとう存じます」と、娘は優しく言われるにつけて、またもやせぐりくる涙を前垂の端で押え押えした。
「で、母御《ははご》はその後ちっとはおよろしい方でござるかな」
「それがどうも捗々《はかばか》しくございませんので……この夏から始終寝たり起きたりしていましたが、秋口からはどっと床についたきりでございますの」
「それはまた御心配な」と、小平太は心から同情するように言った。「まあ、せいぜい大切《だいじ》にしておあげなさるがいい。手前もまた何かのおりにお訪ねすることもござろうが、ただ今のお住家《すまい》はこの御近所で?」
「はい、妙見様《みょうけんさま》の裏手の七軒長屋で、こちらの茶店へ出ているおしおと聞いていただけば、じき知れますの」と言いかけて、ふと気がついたように、「でも、大変|汚《むさ》い所でございますので、あなた方にいらしていただくような……」と、遠慮がちに言いなおした。
「いやなに、今では
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