上、自分もあちらの方面に所用があるから、何なら私が届けて進ぜましょう、御返事があるようならまた房路《もどり》にと、うまく言って使者《つかい》まで請合ってきた。それはいいが、何しろ俺はこの前あの邸へはいりこんで、うろうろしているところを掴《つか》みだされた覚えがあるから、二度とあそこへは行かれない。と言って、長左衛門どのでは顔が売れているから、どうも目に立つし、気はせきながらも、貴公の帰りを待っていたのだ」
「そうか」と、小平太はぐっと固唾《かたず》を呑み下しながら言った。「よし、それでは俺が引請けた」
「うむ、しっかり遣《や》ってくれ」
「心得た。で、念のために聞いておくが、この手紙の用件は?」
「いや、それは何でもない。かねて小林から頼まれていた品が見つかった。いずれ近日持主同道で持参するからよろしくというだけだ。いずれ茶器か何かのことだろうよ。だが、貴公は何にも知らない体《てい》で、ただ使者《つかい》に来たようにしておいた方がいい」
「それもそうだな」
「とにかく、またと得られない機会だ」と、勘平はさらに自分の注文をつづけた。「できるだけ邸内の様子を細かに見てきてもらいたい。近ごろ
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