んおぼつかなしと見て、そろそろそれに処する道を講じておいたものらしい。で、前原は米屋五兵衛と変名《へんみょう》して、相生町三丁目に店借《たなが》りして、吉良邸の偵察に従事するし、神崎は美作屋《みまさかや》善兵衛と名告《なの》って、上杉の白金の別墅《べっしょ》にほど近い麻布谷町に一戸を構えた。これは上野介が浪士の復讐を恐れて、実子上杉|弾正大弼綱憲《だんじょうだいひつつなのり》の別邸に匿《かく》まわれているというような風評《うわさ》があったからにほかならない。が、それは風評《うわさ》だけに止まって、主として本所の邸に住んでいることが分ったので、おいおい同志が出府してくるころには、与五郎も谷町の店をしまって、前原の米屋の店へ同居することになった。そして、美作屋では、自分の生国《しょうごく》から取ったものだけに、気が指《さ》したのか、あらためて小豆屋《あずきや》善兵衛と名告って、扇子や鬢《びん》つけの荷を背負《しょ》いながら、日々吉良邸の内外を窺《うかが》った。が、同邸でも見慣れぬ商人と見れば、いっさい邸内へ入れぬようにして、用心堅固に構えている。その中を潜ってはいりこもうとするのだから、こ
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