さに同志を裏切る気にもなれなければ、またそれだけのあつかましさも持合せていない。
「なに、俺一人で死ぬのじゃない」と、彼はしばらくしてようよう乾燥《かっぱしゃ》いだような声で呟《つぶや》いた。「死ねば皆いっしょに死ぬのだ!」
 こう自分で自分に言って聞かせてから、何人《だれ》も見ていたものはなかったかと心配するように、そっと眼を上げてあたりを見廻した。気がついてみると、じっとりと頸筋《くびすじ》のまわりに汗を掻いて、自分ながら顔色の蒼醒《あおざ》めているのがよく分った。
 その後も、小平太はできるだけ自分の心の動揺《どうよう》を同志の前に隠すように努《つと》めた。もっとも、彼が同志に心のうちを覚《さと》られまいとするには、もう一つほかに理由があった。それは彼に一人の情婦《おんな》があったからだ。亀井戸天神の境内《けいだい》で井上源兵衛の娘おしおに出逢って、あわれな身の上話を聞いてからというもの、宿へ帰ってもその女のことが気になって、どうも心が落着かなかった。で、明くる日はさっそくわずかばかりの手土産を持って、かねて聞いておいた七軒長屋に母親の病気を尋ねてみた。が、行ってみると、聞いたよりはいっそう惨《みじ》めで、母親は持病の痛風で足腰が立たず、破れた壁に添うて寝かされたまま、娘が茶店の隙間《ひま》をみては、駈け戻って薬餌《やくじ》をすすめたり、大小便の世話までしてくれるのを待っているというありさまであった。あまりの気の毒さに、小平太はその後もちょくちょく見舞いに寄ったが、若い者同志とて、いつしか二人の間に悪縁が結ばれてしまった。小平太にしてみれば、母娘に対する同情から出たとはいえ、大事を抱えた身の末の遂《と》げないことはよく知っている。悔恨と愛慾とは初めから相鬩《あいせめ》いだ。が、女の方では、そんなこととは知らないから、世にも手頼りない身の盲亀《もうき》の浮木に逢った気で、真心籠めて小平太に仕《つか》える。小平太もそうされて嬉しくないことはない。同志に隠れて、使走りの廻道をしては、夕方からこそこそと妙見堂の裏手へはいって行く。夜分どうしても都合の悪い時は、茶店へ顔を見に行く。そういうおり、彼はいつでも上方における大石の廓通《くるわがよ》いのことを想いだして、自分で自分に弁解《いいわけ》をした。もちろん、頭領がしたから自分も遣っていいというのではない。ただ内蔵助が茶
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