を選《え》り分けられた。つまり俺もその試練に堪えないで篩《ふる》い落されてしまったのだ。俺は糠であった、これまでの落伍者と同じように糠にすぎなかったのだ!」
 彼は押潰《おしつぶ》されたように、へたへたと雪の中に倒れてしまった。
「そうだ、俺は糠だ、糠にすぎない! 今夜討入った同志が真実《ほんとう》の籾であったのだ。あの連中だとて、俺のような苦しみを嘗《な》めなかったとは、どうして言われよう? 彼らはよくその試練に堪えて、自分が籾であることを立証したばかりだ。俺は生れながらに実《みの》らない糠であった。そして、永遠に救われない地獄《じごく》の鬼となってしまった」
 彼は自分で自分の頭を打って、雪の中を転げ廻った。そして、「糠だ、糠だ!」と叫びながら、身体が痙攣《ひきつ》るようにのた[#「のた」に傍点]打ち廻った。
「そうだ」と、そのうちにふと頭を擡《もた》げた。「そうだ、まだ晩《おそ》くはない。これからすぐに駈けつけよう! 吉良邸へ駈けつけて、まだ一党が引上げないうちであったら、同士に詫びて、せめて公儀へ召しあげられる囚人《めしゅうど》の中へでも入れてもらおう!」
 そう決心するとともに、彼は立ち上ってよろよろと駈けだした。が、一丁ばかり駈けだした時、またよろよろと雪の中に倒れてしまった。そして、もう二度とは立ち上らなかった。

     十三

 明くる日は雪晴れのうらうらした日和《ひより》であった。その日一日じゅう、小平太はどこをどう歩いていたのか、人も知らず、おそらく自分でも分らなかったに相違ない。とにかく、江戸の市中を、喰うものも喰わず、喪家《そうか》の狗《いぬ》のように、雪溶けの泥濘《でいねい》を蹴たててうろつき廻っていた。そして、その暮方に、憔悴《しょうすい》しきった顔をして、ぼんやり両国の橋の袂《たもと》へ出てきた。
 見ると、橋の袂の広場に人簇《ひとだか》りがしている。怪しげな瓦版《かわらばん》売りが真中に立って、何やら大声に呶鳴《どな》っているのだ。――
「さあさあ、これは開闢《かいびゃく》以来の大仇討、昨夜本所松坂町吉良上野介様の邸《やしき》へ討入った浅野浪士の一党四十七人、主《しゅう》の仇《あだ》の首級《しるし》を揚げて、今朝《こんちょう》高輪の泉岳寺へ引上げたばかり、大評判の大仇討! 忠義の侍四十七人の名前から年齢《とし》まで、すっかり分って
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