した時、スクルージは前よりも一層注意して見守っていた。そして、ちょうどこの娘と同じように優雅で行末の望みも多い娘が、自分を父と呼んで、己れの一生のやつれ果てた冬の時代に春の時候をもたらしてくれたかも知れないと想い遣った時、彼の視覚は本当にぼんやりと霑《うる》んで来た。
「ベルや」と、良人は微笑して妻の方へ振り向きながら云った。「今日の午後、お前の昔馴染に出会ったよ。」
「誰ですか。」
「中《あ》てて御覧。」
「そんな事中てられるものですか。いえなに、もう分りましたよ」と、良人が笑った時に自分も一緒になって笑いながら、彼女は一息に附け加えた。「スクルージさんでしょう。」
「そのスクルージさんだよ。私はあの人の事務所の窓の前を通ったのだ。ところで、その窓が閉め切ってなくって、室の中に蝋燭が点火してあったものだから、どうもあの人を見ない訳に行かなかったのさ。あの人の組合員は病気で死にそうだと云う話を聞いたがね。その室にあの人は一人で腰掛けていたよ――世界中に全くの一人ぼっちで、私はきっとそうだと思うね。」
「精霊どの!」と、スクルージは途切れ途切れの声で云った。「どうか他の所へ連れて行って下
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