もっとちょっぽりで、一片の石炭かと見える位であった。でも、彼は、スクルージが石炭箱を始終自分の部屋にしまって置いたので、それを継ぎ足す訳に行かなかった。書記が十能をもって這入って行くたんびに、きっと御主人様は、どうしても君と僕とは別れなくちゃなるまいねと予言したものだ。それが為に、書記は首に白い襟巻を巻きつけて、蝋燭で煖まろうとして見た。が、元々想像力の強い人間ではなかったので、こんな骨折りをして見ても甲斐はなかった。
「聖降誕祭でお目出とう、伯父さん!」と、一つの快活な声が叫んだ。これはスクルージの甥の声であった。彼は大急ぎで不意にスクルージの許へやって来たので、スクルージはこの声で始めて彼が来たことに気が附いた位であった。
「何を、馬鹿々々しい!」とスクルージは言った。
 彼は霧と霜の中を駆け出して来たので、身体が煖まって、どっからどこまで真赤になっていた。スクルージのこの甥がですよ。顔は赤く美しく、眼は輝いて、ほうほうと白い息を吐いていた。
「聖降誕祭が馬鹿々々しいんですって、伯父さん!」と、スクルージの甥は云った。「まさかそう云う積りじゃないでしょうねえ?」
「そういう積りだよ」とスクルージは云った。「聖降誕祭お目出とうだって! お前が目出たがる権利がどこにある? 目出たがる理由がどこにあるんだよ? 貧乏しきっている癖に。」[#「。」」は底本では「」。」]
「さあ、それじゃ」と甥は快活に言葉を返した。「貴方が陰気臭くしていらっしゃる権利がどこにあるんです? 機嫌を悪くしていらっしゃる理由がどこにあるのですよ? 立派な金持ちの癖に。」[#「。」」は底本では「」。」]
 スクルージは早速に巧い返事も出来かねたから、また「何を!」と云った。そして、その後から「馬鹿々々しい」と附け足した。
「伯父さん、そうぷりぷりしなさんな」と、甥は云った。
「ぷりぷりせずにいられるかい」と、伯父は云い返した、「こんな馬鹿者どもの世の中にいては。聖降誕祭お目出とうだって! 聖降誕祭お目出とうがちゃんちゃら可笑しいわい! お前にとっちゃ聖降誕祭の時は一体何だ! 金子もないのに勘定書を払う時じゃないか。一つ余計に年を取りながら、一つだって余計に金持にはなれない時じゃないか。お前の帳面の決算をして、その中のどの口座を見ても丸一年の間ずっと損にばかりなっていることを知る時じゃないか。俺の思
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