、本当にねえ」と、クラチット夫人は真赧になりながら叫んだ。「本当に此辺へでもあの人がやって来て見るがいい、思いさま毒づいて御馳走してやるんだのにねえ! あの人のことだから、それでも美味しがって存分喰べることでしょうよ。」
「ねえ、お前」と、ボブは云った。「子供達が居るじゃないか! それに聖降誕祭だよ。」
「たしかに聖降誕祭に違いありませんわね」と、彼女は云った。「スクルージさんのような、憎らしい、けちん坊で、残酷で、情を知らない人のために祝盃を上げてやるんですから。貴方だってそう云う人だとは知っているじゃありませんか、ロバート。いいえ、何人だって貴方ほどよくそれを知っている者はありませんわ、可哀相に。」
「ねえ、お前」と、ボブは穏かに返辞をした。「基督降誕祭だよ。」
「私も貴方のために、また今日の好い日のためにあの人の健康を祝いましょうよ」と、クラチット夫人は云った。「あの人のためじゃないんですよ。彼に寿命長かれ! 聖降誕祭お目出度う、新年お目出度う! あの人はさぞ愉快で幸福でしょうよ、きっとねえ。」
 子供達は彼女に倣って祝盃を挙げた。彼等のやったことに真実が籠っていなかったのは、これが始めてであった。ちび[#「ちび」に傍点]のティムも一番後から祝盃を挙げた。が、彼は少しもそれに気を留めていなかった。スクルージは実際この一家の食人鬼であった。彼の名前が口にされてからと云うもの、一座の上に暗い陰影が投げられた。そして、それは全《まる》五分間も消えずに残っていた。
 その影が消えてしまうと、彼等はスクルージと云う毒虫の片が附いたと云う単なる安心からして、前よりは十倍も元気にはしゃいだ。ボブ・クラチットはピータア君のために一つの働き口の心当りがあることや、それが獲られたら、毎週五シリング半入ることなどを一同の者に話して聞かせた。二人の少年クラチットどもはピータアが実業家になるんだと云って散々に笑った。そして、ピータア自身は、その眩惑させるような収入を受取ったら、一つ何に投資してやろうかと考え込んででもいるように、カラーの間から煖炉の火を考え深く見詰めていた。それから婦人小間物商のつまらない奉公人であったマーサは、自分がどんな種類の仕事をしなければならないかとか、一気に何時間働かなければならないかとか、明日は休日で一日自宅に居るから、明日の朝はゆっくり骨休めをするために朝
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