た影も見えない、おしづさんは笑つたやうな顏をして居ました。
 短かい一生であつた。併し其の短かい間におしづさんは可也多くの經驗をした。好い作もした。戀もした。幼い時から憧れて居たといふ家庭も自分で作つて見た。子供の愛もおぼえて死んだ。遺して行く子供の心がゝりと云ふやうなものゝ外に、別段心殘りもあるまい。若し出來得べくんば、生前一二年の間、貧しさと云ふ苦艱から離れて、自分でも心行くだけの作が今一つ二つさして死なしたかつた。が考へて見れば、それは如何でも可いことである。

   大正七年二月九日[#地から2字上げ]森田草平



底本:「青白き夢」新潮社
   1918(大正7)年3月15日発行
※底本での題は「序」ですが、読者の便宜を計るため「『青白き夢』序」としました。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:小林 徹
校正:松永正敏
2003年12月6日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたった
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