せた櫻とが妙に一緒に成つて、私の記憶に殘つてゐます。だからおしづさんが私の宅へ來たのは春の末でした。そして、年は十九の春の末でした。
前の年の春札幌の女學校を卒業すると同時に、結核性の關節炎に罹つて、療養のために上京して、其年の冬いよ/\右の足を切斷した。で、病院を出た時はもう松葉杖の助けを借らなければ一歩も外出の叶はない身に成つて居たのである。健康體に復したと云ふものゝ、普通の健康體ではない。阿母《おつか》さんの云はれるには、これもこんな身體に成つて、もう女として人並に家庭生活を營むことも出來ない。これからは文學に專念して、浮世の事は忘れて暮すやうにして遣りたいと――其時、おしづさんも阿母さんの考へて居られるやうに考へて居たか何うかは知らない。併し私までがおしづさんを一生獨身主義を通す女として、常處女《とこをとめ》であるべく生れた女として受け取つたのは、全く愚であつた。愚であるばかりでなく、丸切り思ひ遣りと云ふものゝない、自分の趣味からばかり相手を眺めて――さうです、それは確かに私の趣味でした、同情でありませんでした――人の心に這入つて行くことの出來ない殘忍なエゴイズムでした。若し
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