《こ》うであろうかと、私たちも小さい魂《きも》をおびやかされたが、それも幾たびか見慣れると、やあまた攫われたなぞと面白がって眺めているようになった。往来で白昼掻っ払いを働く奴を東京では「昼とんび」と云った。
小石川《こいしかわ》に富坂町《とみざかまち》というのがある。富坂はトビ坂から転じたので、昔はここらの森にたくさんの鳶が棲んでいた為であるという。してみると、江戸時代には更にたくさんの鳶が飛んでいたに相違ない。鳶ばかりでなく、鶴《つる》も飛んでいたのである。明治以後、鶴を見たことはないが、鳶は前に云う通り、毎日のように東京の空を飛び廻っていたのである。
鳶も鷲と同様に、いわゆる鷙鳥《しちょう》とか猛禽《もうきん》とか云うものにかぞえられ、前に云ったような悪《わる》いたずらをも働くのであるが、鷲のように人間から憎まれ恐れられていないのは、平生から人家に近く棲んでいるのと、鷲ほどの兇暴を敢《あえ》てしない為であろう。子供の飛ばす凧《たこ》は鳶から思い付いたもので、日本ではトンビ凧といい、漢字では紙鳶と書く。英語でも凧をカイトという。すなわち鳶と同じことである。それを見ても、遠い昔から
前へ
次へ
全408ページ中92ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング