とう》と向日葵《ひまわり》である。いずれも野生的であり、男性的であること云うまでも無い。ひまわりも震災直後はバラックの周囲に多く栽えられて一種の壮観を呈していたが、区画整理のおいおい進捗《しんちょく》すると共に、その姿を東京市内から消してしまって、わずかに場末の破《や》れた垣根のあたりに、二、三本ぐらいずつ栽え残されているに過ぎなくなった。しかも盛夏の赫々《かっかく》たる烈日のもとに、他の草花の凋《しお》れ返っているのをよそに見て、悠然とその大きい花輪をひろげているのを眺めると、暑い暑いなどと弱ってはいられないような気がする。
 鶏頭も美しいものである。これにも種々あるらしいが、やはり普通の深紅《しんく》色がよい。オレンジ色も美しい。これも初霜の洗礼を受けて、その濃い色を秋の日にかがやかしながら、見あぐるばかりに枝や葉を高く大きくひろげた姿は、まさに目ざましいと礼讃《らいさん》するほかは無い。わたしの庭ばかりでなく、近所の籬《まがき》には皆これを栽えているので、秋日散歩の節には諸方の庭をのぞいて歩く。それが私の一つの楽しみである。葉鶏頭は鶏頭に比してやや雄大のおもむきを欠くが、天然の錦
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