市内の庭には糸瓜を栽えるほどの余地をあたえられなかった。そのまま幾年を送るうちに、一昨年から上目黒へ移り住むことになったので、今度は本職の植木屋に頼んで相当の棚を作らせると、果たして其の年の成績はよかった。昨年の出来もよかった。
 わたしの家ばかりでなく、ここらには同好の人々が多いとみえて、所々に糸瓜を栽えている。棚を作っているのもあり、あるいは大木にからませているのもあり、軒から家根へ這わせているのもあるから、皆それぞれにおもしろい。由来、糸瓜というものはぶらり[#「ぶらり」に傍点]と下がっている姿が、なんとなく間が抜けて見えるので、とかくに軽蔑される傾きがあって、人を罵る場合にも「へちま[#「へちま」に傍点]野郎」などと云うが、そのぶらり[#「ぶらり」に傍点]としたところに一種の俳味があり、一種の野趣があることを知らなければならない。その実ばかりでなく、大きい葉にも、黄いろい花にも野趣|横溢《おういつ》、静かにそれを眺めていると、まったく都会の塵《ちり》の浮世を忘れるの感がある。糸瓜を軽蔑する人々こそ却って俗人ではあるまいかと思う。
 次は百日草で、これも野趣に富むがために、一部の
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