では無い。
 博文館以外にも、その当時に古書を翻刻してくれた人々は、その目的が那辺《なへん》にあろうとも、われわれに取ってはみな忘れ難い恩人であった。その人々も今は大かた此の世にいないであろう。その書物も次第に堙滅《いんめつ》して、今は古本屋の店頭にもその形をとどめなくなった。私もその翻刻書類を随分蒐集していたが、それもみな震災の犠牲になってしまったのは残り惜しい。
 わたしは比較的に好運の人間で、これまでに余りひどい目に逢ったことも無かったが、震災のために、多年の日記、雑記帳、原稿のたぐいから蔵書一切を焼き失ったのは、一生一度の償《つぐな》い難き災禍であった。この恨みは綿々として尽きない。[#地付き](昭和8・3「書物展望」)
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回想・半七捕物帳


     捕物帳の成り立ち

 初めて「半七捕物帳」を書こうと思い付いたのは、大正五年の四月頃とおぼえています。その頃わたしはコナン・ドイルのシャーロック・ホームズを飛びとびに読んでいたが、全部を通読したことが無いので、丸善へ行ったついでに、シャーロック・ホームズのアドヴェンチュアとメモヤーとレターンの三種を買って来て
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