つながって行くのは、途中で奪われない用心であると云う。いずれにしても、それが此の頃のわたしを悩ますことはひと通りでない。
「これほどに私を苦しめて行くあの果物が、どこの食卓を賑わして、誰の口にはいるか。」
私は寝ながらそんなことを考えた。それに付けて思い出されるのは、わたしが巴里《パリ》に滞在していた頃、夏のあかつきの深い靄《もや》が一面にとざしている大きい並木の街《まち》に、馬の鈴の音《ね》がシャンシャン聞える。靄に隠されて、馬も人も車もみえない。ただ鈴の音が遠く近くきこえるばかりである。それは近在から野菜や果物を送って来る車で、このごろは桜ん坊が最も多いということであった。その以来わたしは桜ん坊を食うたびに、並木の靄のうちに聞える鈴の音を思い出して、一種の詩情の湧いて来るのを禁じることが出来ない。
おなじ果物を運びながらも、東京の馬力では詩趣も無い、詩情も起らない。いたずらに人の神経を苛立《いらだ》たせるばかりである。
雁と蝙蝠
七月二十四日。きのうの雷雨のせいか、きょうは土用《どよう》に入ってから最も涼しい日であった。昼のうちは陰っていたが、宵には薄月《うすづ
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