それからそれへと掩《おお》い重なって、歌によむ「八重葎《やえむぐら》しげれる宿」と云いそうな姿である。
そのほかにも桐や松や、柿や、椿、木犀《もくせい》、山茶花《さざんか》、八つ手、躑躅《つつじ》、山吹のたぐいも雑然と栽えてあるので草木繁茂、枝や葉をかき分けなければ歩くことは出来ない。
「狭いところへよくも栽え込んだものだな。」と、わたしは自分ながら感心した。
狭い庭を藪にして、好んで藪蚊の棲み家を作っている自分の物好きを笑うよりも、こうして僅かに無趣味と殺風景から救われようと努めているバラック生活の寂しさを、今更のように考えさせられた。
わたしの家ばかりでなく、近所の住居といわず、商店といわず、バラックの家々ではみな草花を栽えている。二尺か三尺の空地にもダリヤ、コスモス、白まわり、白粉のたぐいが必ず栽えてあるのは、震災以前にかつて見なかったことである。われわれは斯うして救われるのほかはないのであろうか。
わたしの現在の住宅は、麹町通りの電車道に平行した北側の裏通りに面しているので、朝は五時頃から割引きの電車がひびく。夜は十二時半頃まで各方面からのぼって来る終電車の音がきこえる
前へ
次へ
全408ページ中354ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング