君の「甕破柴田《かめわりしばた》」一幕を上場した。勿論、これらはいずれも一種の素人芝居に過ぎないので、普通の劇場とは没交渉のものであったが、それでもたび重なるに連れて、いわゆる素人の書いた演劇というものが玄人の眼にも、だんだんに泌みて来たと見えて、その年の十二月、紫紅君は新派の河合武雄《かわいたけお》君に頼まれて史劇「みだれ笹」一幕(市村座)を書いた。山岸荷葉《やまぎしかよう》君もこの年、小団次《こだんじ》君らのために「ハムレット」の翻訳史劇(明治座)を書いた。
翌四十一年の正月、左団次君が洋行帰りの第一回興行を明治座で開演して、松葉君が史劇「袈裟《けさ》と盛遠《もりとお》」二幕を書いた。三月の第二回興行には紫紅君の「歌舞伎物語」四幕が上場された。その年の七月、かの川上音二郎《かわかみおとじろう》君が私をたずねて来て、新たに革新興行の旗揚げをするに就いて、維新当時の史劇を書いてくれと云った。私は承知してすぐに「維新前後」(奇兵隊と白虎隊)六幕を書いた。前の奇兵隊の方は現存の関係者が多いので、すこぶる執筆の自由を妨げられたが、後の白虎隊の方は勝手に書くことが出来た。それは九月の明治座で
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