沢権太夫《やなぎさわごんだゆう》もぎょっ[#「ぎょっ」に傍点]としたに相違ない。元来、温泉は病人の入浴するところで、そのなかには右のごとき畸形や異形《いぎょう》の人もまじっていたであろうから、それを誤り伝えて種々の怪談を生み出した例も少なくないであろう。
五
次に記《しる》すのは、ほんとうの怪談らしい話である。
安政《あんせい》三年の初夏である。江戸|番町《ばんちょう》の御厩谷《おんまやだに》に屋敷を持っている二百石の旗本|根津民次郎《ねづたみじろう》は箱根へ湯治に行った。根津はその前年十月二日の夜、本所《ほんじょ》の知人の屋敷を訪問している際に、かのおそろしい大地震に出逢って、幸いに一命に別条はなかったが、左の背から右の腰へかけて打撲傷を負った。
その当時はさしたることでも無いように思っていたが、翌年の春になっても痛みが本当に去らない。それが打ち身のようになって、暑さ寒さに祟《たた》られては困るというので、支配|頭《がしら》の許可を得て、箱根の温泉で一ヵ月ばかり療養することになったのである。旗本と云っても小身《しょうしん》であるから、伊助《いすけ》という中間《ちゅ
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