介する。
柳里恭《りゅうりきょう》の「雲萍雑志《うんぴょうざつし》」のうちに、こんな話がある。
「有馬に湯あみせし時、日くれて湯桁《ゆげた》のうちに、耳目鼻のなき痩法師の、ひとりほと[#「ほと」に傍点]/\と入りたるを見て、余は大いに驚き、物かげよりうかゞふうち、早々湯あみして出でゆく姿、骸骨の絵にたがふところなし。狐狸《こり》どもの我をたぶらかすにやと、その夜は湯にもいらで臥《ふ》しぬ。夜あけて、この事を家あるじに語りければ、それこそ折ふしは来り給ふ人なり。かの女尼は大坂の唐物商人伏見屋てふ家のむすめにて、しかも美人の聞えありけれども、姑《しゅうと》の病みておはせし時、隣より失火ありて、火の早く病床にせまりしかど、助け出さん人もなければ、かの尼とびいりて抱へ出しまゐらせしなり。そのとき焼けたゞれたる傷にて、目は豆粒ばかりに明きて物見え、口は五分ほどあれど食ふに事足り、今年はや七十歳ばかりと聞けりといへるに、いと有難き人とおもひて、後も折ふしは人に語りいでぬ。」
これは怪談どころか、一種の美談であるが、その事情をなんにも知らないで、暗い風呂場で突然こんな人物に出逢っては、さすがの柳
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