名所|図絵《ずえ》や風景画を見た人はみな承知であろうが、大抵の温泉宿は茅葺《かやぶ》き屋根であった。明治以後は次第にその建築もあらたまって、東京近傍にはさすがに茅葺きのあとを絶ったが、明治三十年頃までの温泉宿は、今から思えば実に粗末なものであった。
勿論、その時代には温泉宿にかぎらず、すべての宿屋が大抵古風なお粗末なもので、今日の下宿屋と大差なきものが多かったのであるが、その土地一流の温泉宿として世間にその名を知られている家でも、次の間つきの座敷を持っているのは極めて少ない。そんな座敷があったとしても、それは僅かに二間《ふたま》か三間《みま》で、特別の客を入れる用心に過ぎず、普通はみな八畳か六畳か四畳半の一室で、甚《はなは》だしきは三畳などという狭い部屋もある。
いい座敷には床の間、ちがい棚は設けてあるが、チャブ台もなければ、机もない。茶箪笥《ちゃだんす》や茶道具なども備えつけていないのが多い。近来はどこの温泉旅館にも机、硯《すずり》、書翰箋《しょかんせん》、封筒、電報用紙のたぐいは備えつけてあるが、そんなものはいっさい無い。
それであるから、こういう所へ来て私たちの最も困ったの
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